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希望の重さは?

毎日が発見2008年9月号

 医学部3年生が夏休みを利用して、「地域で働く女医」の姿に触れる、職場体験を限定1名で受け入れている。3年生は、基礎医学を学び始めたばかりで、専門のことはほとんど知らないし、臨床経験も全くない。しかし、「何故医者になろうとしたのか」という想いの熱さは、まだ彼らの心にしっかり残っていて、私もそれに触れることを毎回楽しみにしている。中には、「先生の本を読んで、将来は在宅ホスピス医になろうと思っています」などと殊勝なことを言ってくれる子もいて、くすぐったいような、嬉しい気持ちが湧く。

 医療崩壊とか、地球環境の危機とか、大人たちが長年積み重ねた大きなつけを担う若者たちの将来は、バラ色とは程遠く申し訳ないほど大変そうだ。彼らはどんな希望を胸に一歩ずつ前進するのか、私が役に立つことなら何でも手伝ってあげたいと思う。私のクリニックで、2日限りの師と弟子の問答が始まった。
 「末期がん、進行がんと知っている患者さんは、希望を失って、どんな気持ちで毎日を過ごすのですか?」
 「希望がない?」
 「だって先生そうでしょう。もうすぐ生命が無くなる、死ぬのだ、と知らされているんですから、絶望しかありません」
 「なるほど。では、許可を頂いたので、この外来にいらっしゃる患者さんや家族とお話してごらんなさい。まずAさん。すい臓がんの転移の方」
 「あの方ですか? 落ち着いています。笑っています」
 「そうよ。緊張せず行ってらっしゃい」
 患者さんも未来の医者のために、一生懸命本音をお話してくださったようだ。
 「先生、驚きました。まず、ちょうどいい痛み止めをもらって体の痛みがなくなると希望が湧くそうです。よく眠れると、食べ物が美味しいそうです。力が出ると仕事もできる、そして、傍にいる家族にいつもいつも感謝の気持ちが生まれるそうです」
 「絶望していた?」
 「いいえ、それを通り越して、皆と一緒に今を生きていることが嬉しくて、希望があるって…」
 「あなたが小さくて暗闇が怖い時、お母さんはどうしてくれたかしら?」
 「背中をなでたり、ギュつと抱きしめたりして、耳元で大丈夫、と言ってくれをした。すると安心しました」
 「そうね。死にゆく人も同じよ。愛する人たちにさすられ、抱きしめられ、大丈夫、大丈夫、皆傍にいるよ、と声を掛けられることが一番心に安心を与えるの。孤独にしない。それができるのなら、家でも病院でもホスピスでも、どこでもいい。人生の最期に、生まれてきて良かった。この家族にめぐり会えて良かった…と思えたら、最高の人生だと思わない? そして私たち医療者は、その方の人生を手助けする脇役にすぎないことを覚えておいて」
 脇役にしては24時間の責任を持つ大変な仕事だと思ったかもしれないけれど、実習生は「希望」の重さを噛みしめながら帰って行った。