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逝く人への思いを 悔いなく伝えるために

清流2015年4月号「感謝の気持ちの伝え方」より」
死を前にして、逝く人と見送る人は、どう感謝を伝え合ったらよいのでしょう。在宅ホスピス医として、いのちの最後に寄り添う医療に長年取り組んできた内藤いづみさんにうかがいました。

「伝えたかった」と悔やむ前に
「以心伝心」に頼り、私たち日本人は感謝の気持ちを率直に伝え合うのが苦手だ。ことに、身内では、気恥ずかしさが先に立つ。大切な人を見送ったあとに、「ありがとうの一言を伝えられなかった」と悔やむ人も多い。
「確かに、そう悔やむ人をたくさん見てきました」と、内藤いづみさんは語る。内藤さんは、三〇代のイギリス留学時にホスピスで研修した体験から、日本で在宅ホスピスを根付かせたいと奮起、甲府市で開業医としていのちの終わりに向き合い続けている。
「末期のがん患者さんを診ることが多いのですが、ぎりぎり最後の段階になると、本人はもう口がきけなくなります。体で表現するボディーランゲージという手段もなかなか難しい。切羽詰まった状況になる前に、普段の言動で感謝の気持ちを伝え合うのがとても大切だと思いますね」
 別れゆく者同士が、悔いが残らないよう思いを伝え合って、大団円を迎えられるような時間を提供することこそ、医師としての大きな役割だと、内藤さんは考えている。そのスタートラインが、患者の痛みをとる緩和ケアだ。
「ありがとうを伝えましょう、と私から強制するわけではありません。でも、痛みが緩和されて比較的穏やかな時間がもてれば、自分の人生を振り返ることもできますし、吐き出したかったことや感謝もひっくるめて家族に伝えたくなるのです」

看取りは、登山のようなもの
「お父さんと確執のあった娘さんの例ですが、最期に寄り添うことにとても不安をもっていました。私たちがサポートすることで、娘さんも「がんばる」と言ってくださった。お父さんは、自分の娘にも私たちにも『ありがとう』と心から言い残して旅立たれました。娘さんは、最後の日々に寄り添うことで、『父のことがすごく愛しくなりました』とおっしゃいました。看取りは登山のようなもので、胸突きの難所もあれば、休憩所も晴れ間もあります。神様からのご褒美のような〝仲良し
時間〟も用意されています。私は、そんな時間を調える隠れ隊長なんです(笑)」
 〝仲良し時間〟とは、意識混濁などの最後の難所を迎える直前に、意識がはっきりして穏やかな状態が訪れること。親子や夫婦で抱き合ったり、感謝し合ったり、語らい合ったり、笑い合ったり、時にはぶつかり合ったり、泣き合ったり……。そうやって、最後まで「生ある者」同士として向き合い、最終的に「いろいろあったけど、まあいい人生だった」とお互いに合格点がつけられたらすばらしい!と、内藤さんは思っている。

亡くなっていく人はみな先生
内藤さんのお母さまは、現在九二歳で、車いすの身だ。医者として、娘として、見送る日はそんなに遠くない。
「いよいよという時に、ありがとうを伝えようと思ったら、シリアスになってうまく伝えられないでしょう。急に『ありがとう』と言われたほうも、死期を悟ってしまいます。だから、日頃から、明るくひょうきんなタッチで、どんどん言いあっているのがいちばんです」
内藤さんとお母さまの間では日常的にこんな愉しい会話が交わされるとか。
「お母さん、九二まで生きて相当大変だったでしょ。もうこの世に飽きてきた?」
「いや、やっぱりこの世がいい。色がある」「お母さんが昔、作文添削してくれたおかげで、あれこれ本が書けてるよ。ありがとう」
「あんたはまだまだ」
 別れは、病気であるないにかかわらず、いつやってくるかわからない。そして、誰もが、見送るときを迎え、見送られるときを迎える。
「亡くなっていく人は、みな先生なんです。弱者と扱って『話を合わせる』のではなく、語り伝えてもらいたいことはしっかり訊き出して、『これまでいろいろとありがとう』と伝えて、いいお別れをしましょう。それは、その後、自分がどう生きていくか、どう人生の最期を迎えるかにつながっていくでしょう」
「さようなら」と、「ありがとう」。この二つを一つの花束にして手渡すことができたら、見送ったあともきっと悔いは残らないに違いない。

  


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