エッセイ

イギリスの休日

8月始め、皆様に迷惑をかけるのを承知で、10日程の休暇を取り、英国まで 出掛けてきた。来年大学受験の息子は留守番役で(猫のえさやりという大役があ る)残し、夫、娘(16歳、11歳)4人の旅である。


ロンドンのテロ事件の報道に触れた後だったので、いささか暗い気持ちに襲われたが、「何の、4人一緒。何が起きたって大丈夫。現代、100パーセント安全な所なんて何処にもない!」と思い直し、元気に出発した。
 英国という西の島では、子供たちの祖父母が80歳の高齢期を迎えても、たくましく自立して生活している。孫たちの成長ぶりを見てもらわなくては・・・と殊勝な気持ちにもなった。もっと頻繁に会いたいのに、日本と英国の遠さときたら・・・。直通便でもロンドンまで13時間はかかる。今回はオランダ航空でアムステルダム乗り換えでバーミンガムへ。そこから義母の待つ家まで車で1時間。何とか安全に到着出来た。
義母バーバラさんの家は、英国中部のベルパーという人口2万人の田舎の町にある。何でも揃っているショッピングセンターまで、歩いて10分の便利な所に建っている。ただその10分の中に、ヨーロッパ特有の急な坂の上り下りがある。慣れないと息が切れる。
「いづみ、ゆっくりお休みなさい。今回はホスピス研修も、学会もほとんどないんでしょう?日本では忙しすぎるわよ。ここではとにかくよく寝て、よく食べて、のんびり休んだら?」
80歳になるバーバラさんはエリザベス女王と同じ年である。坂で鍛えたせいか、しっかりした足腰で健康だ。日本の母と同じく、この世代の女性たちは働き者で、家族のために休みなく動き回っている。私の母も、バーバラさんも、マニキュアの似合わない節くれだった大きな手をしている。その手はこの世で一番美しく、尊いもののひとつだと私はいつも思う。
バーバラさんの言葉に甘えたわけではないが、リビングの窓から広がる何十年も変わらない丘陵を眺めながら、美味しいミルクティーを飲み、シンプルだけど美味しい“おふくろの味”を楽しんで、私はとにかくよく休んだ。神経が一気に緩んだかのようによく眠った。代診の先生に全てをお願いしてきたので、日本からの国際電話のコールに緊張しなくてもよかった。日本での“いのち”に24時間の責任を持つ生活のストレスの大きさに改めて気づかされた。それは、家族にも同じく
大きな緊張を与えていたらしい。
「ママ、ここでは急に呼び出しないよね?日本ではママと一緒でも、いつ飛び出していなくなるか分からないんだもの。ここではずっと一緒だよね?」
11歳の娘は、久しぶりに独り占め出来る母親にほっとしてそう言った。
 「トルー・コーリング」というアメリカの番組が日本に紹介され、我が家でこの3ヶ月程人気だ。全員揃ってDVDで観ている。
死者から“助けて!”と依頼されると、トルーという美しき若き女性は否応なくその瞬間過去に戻り、1日前を再体験しなくてはならない。24時間以内に死ぬべき人の運命を修複する、という話だ。死体置き場(モルグ)が舞台だ。過去に戻ったトルーは、いぶかる弟や恋人を置き去りにして、“I’ve got to go!(行かなくちゃ!)”と飛び出していく。
その番組を観て、夫や子供が「ママもこうだよ。患者さんから電話があると”I’ve go to go!“最優先なんだもの。」とポツンと言った。
なるほど、そうなのだ。 “いのち”は待てないから。私の仕事のストレスに付き合って耐えてくれている家族に、感謝しなくては、とテレビを観ながらそう思った。
「イギリスでの休日の間、ママは目の前からいなくならない。」と安心した面持ちの娘たちと、私も心から寛いだひとときを持った。また、日本での“飛び出していく”生活のエネルギーをたくさん蓄えた。


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