開催報告 2025年8月 第76回日本キリスト者医科連盟総会
第76回日本キリスト者医科連盟(JCMA)総会での講演とパネルディスカッションのご報告です。
2025年8月22日から2日間、猛暑の甲府盆地をぬけ出して、夕方にはとり肌のでる涼しさの志賀高原での集まりにまねかれてお話ししました。
宗教者も参加しており「祈り」の実践もある集まりでした。
混乱の世界の中で、仲間たちと集い、祈るみな様にうらやましさを感じました。
私は、私なりにこれからも修業していこうと思いました。
こうしてつながれることはありがたい恵です。感謝です。
内藤いづみ

以下は「医学と福音2025年11・12月合併号」に掲載された開催報告より。
「あした野原に出てみよう。グリーフケアを見つめて。」内藤いづみ先生のお話し
第76回JCMA総会準備委員長 内坂 徹
日本の在宅医療の草分けであり、現在も先頭に立っておられる。人間一人一人の死に裸でぶつかっていって、そこに本当の苦しみや悩みを突き抜けて、人間の生としての喜び、生かされていることの喜びを体験し、その死の瞬間まで続く周りの人間的暖かさ、あつい看守りなど、深い感謝の空気が漂うお話でした。
それがいづみさんのホスピスケアです。いづみさんは著書の中で、次のように書いておられます。
「考えてみると、これほど「死」を思わずに生きてきた半世紀はなかったと思う。世界的に見ても戦後日本はまれに見る平和で長寿の国になった。その中でいのちのはかなさとか、いのちの尊厳とかに私たちが触れずに来てしまった50年。70歳以上の方が、自分の死ぬ日はそんなに遠くない(それは10年後かも20年後かもしれないが)ということを考えずに生きているというのは、昔だったらあり得なかっただろう。70歳になって急にあたふたするということ自体、ある意味では不思議な社会なのかもしれない。もちろん、もう先は短いのだから絶望しろというのではない。必ず訪れる死を見つめながら、どうやって希望を作り出しながら生きていくかということを考えていかなければならないと思うのだ。」
「私はこれまでに出会ったたくさんの患者さんたちの顔を思い浮かべる。がんで残された時間が短いと知らされても取り乱すことなく、淡々と最期を迎えられた人たち。若い患者さんでもそれは同じだった。小さなことに素直に喜び、まわりの人たちに感謝しながら人生の最期を締めくくったすばらしい人たちだった。」
「なぜそんなことができたのか。みんなとくに信仰を持っているという人ではなかったのに、どうして絶望から這い上がって新しい希望を持つことができたのか。日本では多くの人が無宗教とか信仰心がないとか言われるが、そう簡単には言い切れないなにかが心の中にあるような気がする。それが何だか私にはまだわからない。でも、どうも今までの日本人の心の中には、日本の移ろう四季と自然の力がとても大きな存在としてあったように思えてならない。山や川やお天道さま(太陽)に大きな畏怖を抱く感性・・・、それが日本人の遺伝子に残ってはいないだろうか。宇宙観と言ってもいい。その感性を若い世代に伝えることがとても大切だと思う。」
私たちが日本人であることを考えると、その日本人としての死生観を充分に深く理解し、その人に寄り添い、その出会いに感動し、その感謝を次の世代に語り継ぐことが私たちのミッションではないだろうかと、深く感じさせられる講演でした。
「パネルディスカッション」報告
関東部会 石川 信克
マインドフルネスというやや新しいキーワードで、静かに瞑想の時を持つ総会と思っていましたが、総会に出席して、内容の濃さに気が重くなってしまいました 。学ぶことが多いだけに、最後の総まとめとも言えるパネルディスカッションの司会って、どうやったらいいんだろうか、という思いが強くなったからです。
礼拝説教から6つのセッションのすべてが、それぞれ深く広い内容で、大物スピーカーの個性的かつ深みのある内容でした。それらは互いに必ずしも繋がっておらず、最後のセッションはどうまとまるのかと心配でした。
そこで、壇上の神庭重信さん、内藤いづみさん、柳田敏洋さんに、まずお一人ずつ、言い足りなかった点やまとめのお話をお願いしました。さすがは話し慣れた方々なので、話題がさらに深まり、それぞれのお話の内容がより理解できたように思います。さらに演者同士の話し合いも展開されたのは、とても良かったです。
印象的だったのは、内藤さんが、先生方は自分のストレスをどう解消しているか知りたい、それって企業秘密ですか、と他の演者に問われて、それぞれが答えられました。
神庭さんは、患者の話をよく聞くと、患者も聞いてくれると感じ、話の内容が簡潔になり、こちらが楽になる、という臨床現場での解消法を述べられました 。内藤さん本人は、お茶をやっていることが安らぎになると言われました。この会話で、治療者のマインドフルネスの裏側を見た思いがしました。
このセッションを通して、多くの方が、総会全体の盛りだくさんのご馳走が、かなり消化された感じがしたのではないかと思います。そして、まとめるというより、何か素晴らしい総会のエッセンスを感じることができたと思います 。話の切れ目に割り込んで、時間のコントロールをするのが私の役割でした。
