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「生きている」ってこと

2022年2月20日の毎日新聞「滝野隆浩の掃苔記」より。

新聞記事
「人間が生きているってこういうことかしら?」。JT生命誌研究館名誉館長、中村桂子さん(86)と在宅ホスピス医、内藤いづみさん(65)の対談本のタイトルだ。深いテーマを扱っているのに、なぜか読んでいて心が軽くなる。
対談は、甲府市で4000人以上のみとりに向きあってきた内藤さんが「東京の中村先生の家のお庭で話をしたい!」と熱望して実現した。野趣あふれる庭にいすを置いての縁陰対談。目の前にチョウが現れ、アリを気にしながら、足もとのドクダミのことを話す。そしてテーマは人類の進化や生命倫理に飛んでいく。
内藤さんはクリニックを始めて四半世紀を振り返る。みんな自分らしく命を閉じた。肺がん末期の若い母親がいちばんしたいことは「家族の洗濯物をたたむこと」だった。
何度も気特になり、家族をへとへとにし最期はうなぎを食べて亡くなった90代女性の生命力。「マージャンと競馬をやってジャズを聴きたい」と言い張った男性のこと…。病院で「患者」だった人が、家でわがままを通すのを内藤さんは支えた。
「わがまま」と聞いて、中村さんはシジミチョウの幼虫の話をする。カタバミの葉しか食べないわがままは単食性のこと。動植物が共生する仕組みだ。
そうして、みとりの現場の悲喜こもごもの話が、生きものとは何かという問いかけに発展していく。<生きもの>とは「継続性」「過程」「歴史」「関係」「多様性」「進化」を特徴としている、と中村さんは言う。対立する<機械>は「利便性」「効率」「構造」「機能」「均一」「進歩」だと。読者はそこで気づく。そうか、生きものというのは「時間」が大事なんだと。便利さを求めて機械をつくったけれど、人間というものはぐずぐず悩みながら生きていく。それでいい。「思い通りにいかないというのは、悪いことではありませんね」
在宅ホスピスの現場にいる内藤さんは徹底的に患者や家族の話を聞き、生き切るためのプロセスを大切にしている。だから手間がかかる。「一見無駄に見えるそんな時間にこそ一生忘れられない価値があることを見つけられるのではないかしら」。中村さんはこう言い切る。「手間を楽しむことのできるのが人間なのに、今の社会はそれを否定するから生きにくいのね」