米沢慧さま

内藤いづみと米沢慧の新養生訓 第三回

内藤いづみさまへ 第三回往信

「養生」はいのちことば

●25時間目
新コロナ禍は夏を超えて、すっかり暮らしに棲み着いたのではないか、マスクが手放せない日々が続いています。
前回は、78歳になった私に対して「毅然とした晩年」を問われて慌てふためきました。でも、いつものことですから、小さなジャブにも逃げないで喰らう覚悟はしています。

さて、『養生訓』は300年ほど前(江戸中期)、貝原益軒83歳時の著作です。これに対して、93歳の現役の臨床医、前田昭二著『人生100年時代 養生訓』(祥伝社)がでました。とりあえずこの二著を対比して感想を述べよという事でした。
前田医師の本は自信に満ちた構成で、しっかり線を引きながら面白く読みましたが、「養生訓」というよりは、高齢社会の「健康寿命訓」といったところです。健康生活養生訓・健康習慣養生訓・老化防止養生訓・ダイエット養生訓・知的素食養生訓・スポーツ養生訓、更に検診養生訓(人間ドッグで自分の体を知る)等の目次からも指摘できます。
その一つに「健康と長寿を生む8つの健康習慣」のチェックリストがあります。
( )にわたしのチェックを重ねて健康寿命の点検をしてみます。

①タバコは吸わない (○) 親介助のため運転免許取得後に禁煙。42歳時

②過度の飲酒をしない (○) 飲めません。ドトールコーヒー、1日5,6杯

③規則的にからだを動かす (○)ほぼ毎日、徒歩1時間以上、万歩計で6000歩以上。

④規則的に7~8時間の睡眠 (▼)4~5時間。但し昼寝、うたた寝が増えた

⑤適正な体重を維持する (○) 身長は2センチ減り168センチ 体重は64キロ

⑥間食しない (○) 但し、もち吉、富山の歌ごみ。ときに、うまかっちゃん

⑦朝食を食べる (○) パン食。牛乳は500cc以上。(血圧80~140)

⑧口腔衛生に注意する。(○) 虫歯、入れ歯なし 3食後は歯磨き

記してみて、▼印の「睡眠」を考慮しても、いまのところは合格点? どうでしょうか。
一つだけ、貝原益軒は『養生訓』のなかで「睡眠の欲をこらえて、寝るのを少なくするのが養生の道である」とか、「睡眠が多いと元気が循環しないで病気になる」とあります。
どちらが正解なのか、筋論からいえば前田医師に軍配があがるかもしれません。けれど、どちらの養生訓にしたがうかといえば、わたしは貝原さんを選ぶことになりそうです。

わたしは深夜1時は原則、目覚めている時間になっています。それを「25時間目」と呼んでいます。40年ほど前になりますが、わたしの最初の著作『都市の貌』(1979)の「あとがき」で「この本は24時以降、25時間目のしごと」と記しています。この時間は、フリーランスのわたしにとっては「いのち」の刻になっているのです。このこだわりを「わたしの養生訓」としたらヘンでしょうか。

●「身」はいのちことば
さて、貝原益軒の『養生訓』ですが、この本はわたしが「いのちことば」について考える視点をもらった一書です。久しぶりにそのことを確認できたのでした。
20年ほど前に立川昭二さんの『からだことば』(早川書房)に出合いました。「からだことば」とは、からだの部位を通して生まれたことばで、たとえば「ふれる、なでる、抱く、包む」は手や指の感触が伝わってきます。目線、視線、眼差しについても「見る、視る、観る、診る、看る」と表現はこまかく多彩ですし、感情表現にしても「ハラが立つ」から「アタマにくる」「むかつく」、さらに「キレる」とたくみに拾われていました。
では、からだことばの始まり、原形はなんだろうか。そして手にしたのが貝原益軒の『養生訓』でした。その冒頭は「人の身は父母を本とし、天地を初とす」(松田道雄訳では、「人間のからだは父母をもとにし、天地をはじまりとしたものである」)。
あらためて「身」とはなんだろうかと、白川静の『文字講話』に字典『字統』を開いてみると、誰もが納得するだろう象形文字が示されていたのです。

説明文は「人の字形に腹部を大きくそえた形。「身(はら)む」と読むのが原義で、妊娠の意。身は象形の字、娠は形声の字」とあります。
「身」ことばを追いかけて国語辞典(広辞苑)を開くと、「身ごもる」「身重」「身二つ(子を生むこと)」そして「身罷る」まで、「身」は生・老・病・死をおさえた文字通りの「いのちことば」の原義なんだということがわかり、興奮したことを覚えています。
「いのち」のすがた・かたちは「身」にはじまるのです。もう少し、あげてみましょうか。
・身が入る ・身が持たない ・身から出た錆 ・身に余る ・身に覚えがある
・身にしみる ・骨身にしみる (からだにしみる?) ・身に過ぎる ・身につく
・身につける ・身につまされる ・身になる ・身の置き所がない ・身の程 など。
 その後、わたしは寄る辺のない高齢者を支える「いのちことば」として「身寄りになる」とした一冊(『いのちを受けとめるかたちー身寄りになること』木星舎)をまとめ、関連してブログ「いのちことばのレッスン」までつくってしまいました。

『養生訓』にでは「身を保つ」ということばがあります。「健康」にあたることばです。「身」はいのち。寿命を「人の身」といっています。当時の平均寿命は四〇歳。この歳が老いの始まりで「初老」です。百歳を「上寿」、八〇歳は中寿、そして下寿が六〇歳、還暦です。八四歳まで生きた益軒が83歳で著したのが『養生訓』です。それだけに奥行きの深い渾身の一冊になっています。
ちなみに明治に入って近代化がすすむと和語である「身」は潜み、代わって登場するのが「体」ことばになっていくのです。身は身体、肉体、ボディーへ。体育、体力、体格、体質、体操…そして「五体不満足」といったことばが登場するまでに「身」は潜み、スポーツ文化のなかで消えようとしているようにおもいます。

●五官もいのち
今回、久しぶりに『養生訓』に目を通して、あらたに巻5(五官・二便・洗浴)が「いのちことば」として大事な章だと気づきました。
五官についてはまず「心は人のからだの主君である」とあります。「身(いのち)」の安寧のための五官は「心の使用人」であるとも明記されています。
そして五官とは、身(いのち)をサポートする聴く力(耳)、見る力(目)であり、味わい・話す力(口)、嗅ぐ力(鼻)、そして感触(手足等)。この五感がひとの心を支えるといっています。前田昭二『人生100年時代 養生訓』ではどちらかといえば「体力」に重きをおいた内容で「いのち」の視点はほとんどありません。消えています。
あらためて、新コロナ禍から届いてきた「嗅覚が消えた」とか「味覚がなくなった」といった訴えは、いのちの危機の訴えとして受けとめなければならない、わたしはそうおもっています。
先の前田さんの「健康チェックリスト」では一見優等生の高齢者にみえているわたしですが、ひとたび五官機能のチェックになったら一挙にあやしくなるにきまっています。
嗅覚や味覚に関していえば、だれかの視覚を借りてこなければカレーライスとビーフストロガノフの区別はできないかもしれません。味覚(舌)から入れば、中村屋のカレーかどうかはすぐ識別できますが。
また、先般、高齢者の運転講習に参加した際、視覚検査を受けて気づいたことがあります。視覚は遠近の識別、見える・見えないではなく、文字通り視野が狭くなり視角が小さくなり、死角がうまれるということもわかりました。
あらためて、「いのち」の老化・老衰は五官機能から始まり、やがて加速するのではないか、そんな受けとめ方をしています。
それに対してどう抗うのか、どう従容していくのか、おいおい体験事例なども添えて、いのちの課題としていっしょに考えてください。

かつて経験したことのない(流行りそうです)台風もなんとか去ってくれたようです。すると一気に秋の気配がやってきます。私たち日本人は四季という周期に身をまかせると元気になれることを知っています。そんな秋の匂いをわたしも探したいとおもいます。

米沢慧
★精神科医神田橋條治さんの『心身養生のコツ』(岩崎学術出版)、推薦します。

・前回予告した「96歳の母からの宿題」はさらに次回に延期します。

米沢さまへ 第三回復信

「養生」で寿命を生き抜く

書簡ありがとうございました。とても読み応えがありました。
「なるほどなあ、さすがだなあ!」
とあちこちでうなずきました。お世辞ではありません。
1日6000歩、歩いている、だから、姿勢が若々しいのですね。
虫歯なし!素晴らしいです。健康な口腔状態は肺炎予防に重要です。
などなど、羨ましさが湧きました。
身体的には、理想的に健全な高齢者の道まっしぐら、そんな印象を持ちました。

今回、筆豆症でもある私の返事が遅くなったのには訳があります。
このコロナ禍で、休みなくぶっ飛ばしたツケと、酷暑のせいで体調を崩したのがあとをひきました。
気温が40度近い中の往診は体験しないとわからないほど体力を消耗しました。
ご心配なく。回復しました。

そして、今、命の瀬戸際にいる3人の在宅ケアを引き受けていて、緊張が増しています。
看取りを30年していても、馴れるということはありません。出会いから、いつも新しい
気持ちで命に向かい合っています。
枕元に携帯電話を置き、呼び出しがなく朝目覚めると、ああ皆さん、命を一晩繋いだなあとつぶやきます。そんな毎日です。

大きな病院の若手医師は私の講義を昔聞いたことがあるらしく、私の知り合いから私の近況を聞いたら、「え、内藤先生、まだ在宅ホスピスケアを続けているんですか?そんなハードな仕事からとっくに引退するお年では?」
と驚いたようでした。医師は現役引退年齢は決められていませんのに。
私は今64歳です。
前田昭二先生は93歳ですし、100歳を超えても日野原先生は発信をなさっていました。

今回この往復書簡をお願いしたのは、私の老化防止対策に賢い知恵をいただきたいという、浅はかな下心がありました。
更年期を何とか過ぎたあと、感覚器の老化を自覚。視力低下、歯の不調、膝の痛み、歩行能力の低下などを自覚しました。
自分の終末への実感や不安も湧いてきました。
私はまだ臭覚と聴力は大丈夫です。記憶力もまあまあOKです。かなあ?(笑)夫に確認してみます。

巷では、ハウツー風のメッセージ発信が目につきます。終活関連は特にそうです。
前田先生のメッセージも、先生自身が憧れの高齢者の見本なので、説得力がありますし、普通の老人がチャレンジしやすい項目が並んでいます。
しかし、何かスッキリと素直に受け止められない自分がいます。
おっしゃる通り、健康寿命訓、あるいは健康神話応援歌、長寿崇拝を感じます。(私も厳しい言いようですね)

終活マニュアルに私が違和感を感じるのと同じで、これらを実行しても、限られた命に向かいあった時の、本人の学びと気づきが生まれてこないように思います。
命の言葉が伝わってこないのです。
そうなんですね、貝原益軒が伝えている、主体として心身を自分で守り、手当てし、与えられた寿命を大切に生きていく。
欲を節度を持ってコントロールして、清潔で穏やかな老後を目指す。
長寿だけが目的ではなく、バランスの良い(中庸)晩年は、周りへの、そして命を与えてくれた親への感謝に縁取られる。
健康情報に振り回され気味な現代のお年寄りたちは、心の安定からはほど遠いように見えませんか?
まずは限られた命を自覚して、腹をくくり自分の死生観を創るための日々の積み重ねが置き去りにされていないでしょうか?
コロナ禍で、施設の病人や高齢者のそばにも行けない、お葬式も簡略化の今の状況は、いのちからどんどん遠ざかっていて心配が増します。

95歳で、外来へ一人でいらっしゃる男性患者さんがいました。健康神話には縛られておらずおおらかでした。自立心が強い方でした。
タバコも少し吸っていました。私は聞いてみました。
「多くのお年寄りがあなたのように長生きしたいと思っています。秘訣はありますか?」
彼は笑いながら答えました。
「運です!」
思わず、私も笑ってしまいました。
「ワシは、あまり神経質に健康対策はしていません。
戦争を体験し、自分の隣の人が弾丸にあったって死んだり、防空壕へ入ろうと思ってたら、目の前でそこに爆弾が落ちて壕にいた人たちは亡くなってしまった。
一瞬の違いです。そんな体験をしてから、今ここにいるのは運、神様からいただいた寿命なんだと思うようになりました。
人間が浅はかに何をしても、運には勝てません。そして、ビクビクと生きる必要はないんですよ。」

(そうかもしれないなあ、)と思いました。何より、その方は自然体で伸び伸びしていました。
現代医療は、先進的な治療や、数々の延命的な治療が開発されて、それがなかった時代よりも時には選択の悩みが大きいのです。
足し算の治療が多く、何かをすれば寿命さえ何とかなる、と考える人も多くいます。
しかし、何かをすればするほど、何かの飢餓状態のような心持ちになり、もっともっとと新たな手段を求めて、平和な気持ちからは遠くなります。運命に委ねるのは敗北とさえ考える人もいます。

90歳を超えて、息子さんの見守りを受けながら一人で自立して暮らす女性と知り合いました。往診も始めました。心を許してくださるようになりました。
歩行もだんだん辛くなり、自立した暮らしを続けるために、介護保険を導入して助けを受けたらどうか、と提案してスタートしました。
結果は?
「先生、私はまだ一人でできます。安全な工夫をしてます。誰かが、助けてくれると頼る気持ちが生まれて、よくありません。当分先生が見守ってください。」
その自立心の強い女性は、そう言って介護サービスを断りました。
息子さんは心配そうでしたが、さりげなく私たちの見守りを強化することにしました。
そういう選択をする人は多くありません。彼女は自分の養生訓を持っているのです。
爽やかな自信に満ちています。
私も与えられた寿命を全うするために、浅はかさを反省しつつ、自分の養生を始めます。
まずは身をもっと大切に扱うことから始めます。

最後に、「身」について米沢さんが教えてくださったので、8月に看取った患者さんのお話をします。
彼女には、私がこういう場で語ることの許可を生前にいただいています。
彼女は33歳の人生を8月に終えました。
精一杯、頑張る生き方をした魅力的な女性でした。
難しい病気でしたが、本人が在宅で過ごすことを選びました。
大きな苦痛は緩和することができましたが、彼女の症状は厳しく、私たちも必死で向かい合いました。時々はひまわりのような笑顔も見せてくれました。
ある時彼女が、「先生、もう十分がんばりました。もう頑張れません。
天に召されたいです。」と泣きながら言いました。
本当にもう頑張れない、ということは私たちも、親御さんもわかっていました。
でも、彼女の身体はまだ33歳のピカピカのいのちの力に満ちていました。
「本当によく頑張ったね。苦しい中でもずっとあなたらしかった。
でも、身体はまだ逝けない、と言っているのが私にはわかる。
命のエネルギーに満ちているの。だから、あと少し身体に付き合ってほしい」
彼女は静かにうなずき、身体の声を聴きながら、その後の最期の日々を生き抜きました。
身体、心、人との縁、大いなる存在への視点、私がホスピスケアで学んだことを彼女は関わる日々で改めて教えてくれたのです。

内藤いづみ


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