エッセイ 旅は妙薬

110317_01.jpgラゼールタブロイド 2011年春号に掲載
2010年の年末、ヨーロッパは寒波に襲われ、特にロンドン・ヒースロー空港は雪対策に万全ではなくて、フライトが次々と遅れたり、キャンセルになった。私は12月26日に、ロンドンに向けて飛び立つ予定を組んでいた。イギリス中部地方にひとり暮らしで住む義母(86歳)の様子を見ることが大きな目的だった。


 医者の予感で、ひとり暮らしも、もうそんなに長く続かないような気がして心配だった。零細診療所とはいえ、遠いイギリスヘ行けるようなまとまった休みが取れるのは年末年始ぐらいしかない。
 夫は「寒くても、スコットランドで買ったジープスキンの防寒コートを着て行けば大丈夫。アドベンチャーだね」と励ましてくれるし、友人たちは「内藤さんなら寒波もふっ飛ばせるわよ」などと、やや根拠に欠けた声援を送ってくれた。とにかく計画遂行へと前進のみ。
 ところで、在宅ホスピスケアを引き受ける私の仕事に携帯電話は欠かせない。ケアを引き受けると、患者さんの病状が安定していても、24時間私の心は患者さんと繋かっている。特に進行がんの患者さんの安定期はあまり長く続かないことも多く、何か病状の変化が起きた時に、素早く病状の調整をして、次の段階の安定に持っていかなくてはならないから、いつコールを受けてもいいように心は静かに、ピリピリと緊張している。ひと時も完全に休むことはできない。この静かな緊張感とどう付き合うかが、在宅医を長く続けるためのひとつの試練と思っている。
 3人の子供の子育て中は、私も若かったし、家に戻ると子供たちのエネルギーにもみくちゃにされて、気持ちも元気に蘇っていた。子供もひとりふたりと巣立ち、自分自身も熟年を超えていく今、心身のバランスをどう取るかは大切な課題だ。
 ホスピスケアを30年近く学んだ身には、人間(いのち)に向かい合うには総合力と人間力が必要なことはよく分かっているつもりだ。身体・心・社会性・魂、この4つの痛みこそ、人間の持つトータルペインで、これに向かい合うホスピスケアを実践する時、自分も大小の差こそあれ、同じ痛みを体験することも知っている。その痛みと緊張から回復する妙薬はあるのだろうか? といつも考えてきた。
 私の留守中に重症の患者さんが困らないように、いくつか手だてを考え、関連の病院や訪問看護師やご家族たちにも色々とお願いした。そして、連絡は定期的にすることにして、私は今度の旅には国際携帯電話を持たないことに決めた。幸いなことに、旅程は順調に進行し、ロンドンに3日程滞在することができた。携帯電話から連絡がこないので、私の心はどんどん軽くなった。何という自由!
 まず眉間の深い2本のしわが薄くなった。頑固な肩こりが消えた。時差にも関わらずぐっすり眠れる。今どうするか、という自分のことだけを集中して考えればいい、旅の日々。クリスマスイルミネーションの残るロンドンの通りの美しさに目を奪われる。クリスマスセールの人ごみの中に自分もまぎれて、たくさんの言語のざわめきや熱気に感染する。毎日違うお国柄の、あまり高そうでない庶民的なレストランを探し、知らない味を楽しむ(何しろロンドンはニューヨークを超す世界一の人種のるつぼになっている)。
 食べる、歩く、見る、感心する、感動する、そういう旅の日々。ホテルから散歩コースで行けるナショナルギャラリーの膨大な名画に触れる。私はモネとマネの部屋でゆっくりと過ごし外に出た。冷気の中、トラファルガー広場の向こうにはビッグベン(時計塔)が見えた。近くの聖マーティン教会の鐘が静かに、深く鳴った。世界平和を祈った。
友人に教えてもらって、シェークスピア・グローブ座に行く。1997年に17世紀の姿のまま再現された吹き抜けの劇場。今も現代人の心を捉えるシェイクスピア劇。「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ」。
ハムレットの有名なセリフを思い出しつつ、シェイクスピアヘッドというパブでサンドイッチを頬張った。
 24時間、誰かのいのちに責任を持つ日常から離れて、自由な心で改めて自分自身の人生を振り返り、「生と死」を考えた旅の深い闇の夜。
 義母は幸いなことにお元気で、頑張って暮らしていた。手伝うはずが、たくさん甘えて帰ってきた。また、24時間オンコールの日常が始まる。確かに、私にとって遠くへの旅はいのちの妙薬だった。
 ぜひ皆様にも自分だけの妙薬を探して頂きたい。