いのちと向き合う在宅ホスピス医

ゆいまーる 2009年Vol.40「連載ルポ・医療福祉最前線」より抜粋
●熱いハートのお医者さん
 在宅ホスピス医の内藤いづみさんを甲府に訪ねた。ふじ内科クリニックは甲府駅からタ
シーで10分、こじんまりした町の病院である。


 「こちらへ」と診察室に通されたとたん、この夏、彼女が訪ねたブルージュにある病院博物館の絵を手渡された。「ほら、ここで神父さんが死に行く人の懺悔を聞いているでしょう、ここにお医者さんがいて、ここではシスターたちがハーブを煮ているの」。初対面のわたしをいきなり800年前のホスピスの世界に連れて行く。ずっと昔からの友だちみたいな気さくな人柄、相手の心を開くことばの力、内藤いづみさんは熱いハートのお医者さんだ。
●毎日見てないとわからないんですよ、命の変化って
 1995年にふじ内科クリニックを開設してから、これまで200人もの人々を看取ってきた。クリニックでいわゆる「町医者」として働きながら、在宅で人生の最期を生き切る人たちのもっとも大きな苦しみ、身体の痛みをとりのぞくために力を注いでいる。患者さんとの関わりは、「先生におまかせします」と言われて、「わたしは神様じゃないけど、最善を尽くします」と引き受けることから始まる。そこに契約書はない。在宅ホスピスを支えるのは、患者とその家族とのつながりと信頼関係である。
 「在宅ホスピスケアは、最終的に一人でもいいから、家族でなくてもいいから、一番親しい人、責任を持つ人が、本人とがんばって看取る仕事だと思ってきたんです。でも、介護保険が入ったころから変わった。家族の存在がすごく乏しくなってきた」と指摘する。高齢者の場合、子どもは県外に住み、社会的ケアだけに頼る人が増えた。症状が深刻だから子どもたちに連絡しようとすると「やめてくれ、迷惑がかかるから」と本人たちに止められる。他人なら迷惑をかけてもいい、お金さえ出せば何でもできる、そんな風潮がますます強くなっている。「毎日見てないとわからないんですよ、命の変化って」という彼女の訴えは切実だ。
●医者は人間と向き合う仕事
 「医者になろう」と決めたのは山梨大学付属中学一年生のときである。人間と向き合う仕事に就きたかった。担任の先生も、かつて「熱中先生」と呼ばれた母も一も二もなく応援してくれた。ただ父だけが、じつと彼女を見つめて「至難な道だよ」と言い、「入るのもたいへんだし、なってからもたいへんだぞ。でもなりたいなら頑張りなさい」と励ましてくれた。ところが、その父は52歳の若さで突然死した。
気丈な母は商売をつづけ、彼女と弟を育て上げた。
 福島県立医科大学卒業後、東京女子大学病院等に勤務したが、「死は敗北」として治療にばかり専念し、患者の心身の痛みに見向きもしない医学界の現状に幻滅。当時、日本に来ていた英国人と結婚してイギリスに渡り、7年間の滞英中にホスピスの本場でホスピスの研修を受けたのである。日本に帰り、在宅ホスピス医になったのは、夫とも相談した人生の選択であった。
●あいさつはホスピタリティの基本
 今年の2月に『しあわせの13粒』という絵本を出した。「死」や「いのち」というテーマが重すぎて、これまでの本を手に取れない人たちのために、病室に持っていける本、末期でも読める本が作りたかった。
 13粒の一つに「知らない人に向かって、1日1回あいさつをする」がある。この夏のヨーロッパ旅行で、オランダの売り子から「日本人は気持ち悪い」とこぼされた。日本人はお店にぬうっと入って来て、こちらが「おはよう」と話しかけても何にも返事をしない、と。「日本人の言霊というか、ことばの力を大事にしたい。日本人がイエス・ノーをはっきり言わなくてもやって来られたのは、ことばを大事にしてきたから。ことばを大事にしないと、明確な信仰心のない国なので、もとが崩れちゃう。あいさつはホスピタリティのいちばん基本です」と歯切れが良い。
●患者さんから教わったこと
 「ありがとう」と言うことも人を幸せにする種の一つだと、患者さんから教わった。
 「癌で『あなたの命に限りがあるんだよ』と宣告された人は、人生を生き直せる尊いチャンスだと思います。でも、今の生にすがるだけの人、なんで俺が、というところから抜けられずに、治す治す治すと治療にばかりすがっている間に、周りの人に感謝することを忘れてしまい、死んでも死に切れない気持ちになる。そういう方もいっばいいる」。
 患者の口から周囲の人たちに「ありがとう」のことばが自然と出るときは、不思議と死が近いそうだ。「在宅ホスピスは、患者さんと家族が深く、改めて〝いのち〃に向かい合う場、『ありがとう』」と『さようなら』がひとつになる瞬間がそこにある」。彼女がHPに書いていることばには、いくつもの〝いのち″に向き合ってきた経験が結晶している。
●スピリチュアル・ケアの実践者
 草の根のホスピス運動の担い手である内藤さんの仕事は、大きな病院の専門医のように臓器と病気だけを看て済むわけではない。携帯電話を24時間手元におき、瀕死の患者さんがいる時はジャージを来てベッドに入る。夜中の3時でも自転車をこぎながら往診することもある。
 「一体その緊張はどうやって解消するんですか?」と聞くと、「ユーモアの力と広い視野ですかね。それから自分をケアする方法をつねに持っていること。
それと仲間が燃え尽きないように守っていくことです」と答えた。
 彼女はよく笑う。このときも、
「命って生易しい存在じゃない。目の前では『先生、ありがとう』と手を合わせても、『ほんとは死にたくないのに、このやぶ医者』と思っているかもしれないしね」と言って明るく笑った。
 在宅ホスピスで一番難しいと言われる「スピリチュアル・ケア」について尋ねると、高校1年生で父を亡くしたときの話をしてくれた。そのとき父の妹が1カ月家に滞在し、1月半ばの寒い朝、登校前の彼女にダルマストーブのそばで温かい紅茶を入れてくれた。
 「スピリチュアル・ケアは教義を説くことじやなくて、人間対人間で、『ぼくたちも死んだことないからわからないけど、怖いね』と言ってくれて、一緒にいてくれる暖かさだと思うんですよ」と語った。そのとき自分まで暖かな光に包まれたような気がした。この人こそスピリチュアル・ケアの実践者なのであった。
文責=沢部ひとみ様