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生きるための緩和医療

2008年10月13日の週刊医学界新聞に掲載された本の紹介、評者、内藤いづみ。


「生きるための緩和医療」有床診療所からのメッセージ
著)伊藤真美、土本亜理子、医学書院 2,310円
◆医療崩壊の時代に一筋の希望

 本書を手に取ってお読みいただければ,医療崩壊が騒がれる現代の日本に,これほどの勇気と覚悟と矜持を持って己の世界観を表現する医師たちが存在することに驚かれることだろう。同時に,未来に希望の光を感じてくださるのではないかと思う。
 千葉県南房総で,「花の谷クリニック」という有床診療所を運営する伊藤真美医師が,兵庫・鳥取・鹿児島・山梨を旅して,日本には数少ない末期患者への緩和医療を含めた総合的な医療提供を行うユニ-クな有床診療所の4人の医師とそのパートナーにインタビューしたものをまとめている。
 ご自分へのインタビューは,山梨で働く若き女医に委ねて,心境を丁寧に答えている。本書は,主取材者の伊藤医師の誠実で,まじめで,一途な性格が反映され,似た悩みを共有するがゆえに,どの診療所の医師たちも,正確な数字を隠すことなく挙げてわかりやすく答えている。小さな開業活動をしている私も,各医師たちのその厳しい経営運営を具体的に知り,それを乗り越えるバイタリティに頭が下がる。
 有床診療所とは何か?私は52歳になるが,思い出してみると小さいころ,町には馴染みのお医者さんがいて外来や往診をしてくださり,10床ほどの入院棟に必要な時には入院させてくれた。祖母はその先生の往診を受けて,家で平和に静かに亡くなった。そんな診療所が各町や村にあったが,大病院ができるに従って少なくなっていった。住民たちは大病院のほうが高度で最新鋭で頼りがいがあり,町の診療所は時代遅れと思ったのかもしれない。1950年には在宅死が8割であったのに,2000年には病院死が8割になったことが,そのプロセスを証明している。いのちの誕生も死も私たちの目の前から消え,隔離された医療施設へ移っていった。
◆希望の芽を育てるために
 有床診療所は19床以内の病床を持つ小規模医療施設である。病院ではないから入院費はとても低く抑えられていて,除々に減額されて,平均で1日500円~6000円。厚生労働省認可の病院の緩和ケア病棟では,包括で二日約3万8000円。緩和ケアに必要なのは,特に人の手とスペシャリストナースたち。それは,すぐ人件費に直結する。“同じ医療内容を提供しているのにこの値段の違いは何なのか?”という,この二人の医師たちの憤まんやるかたない悩みが語られる。
 自分の考えるいのちのケア,地域でいのちを紡いでいくための医療活動に邁進する5人の医師たち。死もいのちの一部であり,死は文化である。そうした,それぞれの宇宙観を実現するためのユニークな有床診療所活動。しかしながら,本書のかなりの部分が,経営をどうしていくか,ということに割かれているのは,このような深く貴い活動が,イギリスのように助成金も与えられず,個人の経営手腕に掛かっているからだ。介護保険収入,外来収入,入院収入を上げ,赤字になりがちな有床診療所の経営を安定させるために,各医師がおそらく寝る間も惜しんで獅子奮迅の働きをなさっていることがよくわかる。幸いなことに,皆さんよきパートナーに恵まれている。
 このような活動が診療報酬にもっと評価され,過酷な仕事ではあるが,経営者が少し安心した気持ちで働けるようになってほしいと心から願う。それと同時に,日本中の地域の住民が,自分のいのちの最期の過ごし方,家族との向かい合い方,支えられ方について,その選択肢を広げるためにもっと真剣に考え始めてほしい。厚生労働省を動かすのは国民の声だと思う。そのためにひとりでも多くの市民の皆さんが本書を読んで,5人の医師たちの試みを知っていただきたい。
2008年10月13日の週刊医学界新聞より抜粋