講演報告

内藤いづみのホスピス学校講演録 Vol.1

プレイベント イン 清里2011・6・11

「スイッチ」という映画を鑑賞
 皆さまこんにちは。清里の土地で、皆さまとすてきな映画を鑑賞できる機会を本当に感謝致します。
 ぜひ皆さまが、自分が与えられたいのちを精一杯生ききれるように、自分がこういう人生を歩みたいというその人生がほんとに祝福のもとに送りきれるように、今日も考えるきっかけをお持ちになり頑張って頂きたいと思います。

 この映画に出演した鈴木ももこさんという方が言っていました。

彼女は福知山線の事故で大けがをしましたが、奇跡的に回復しました。今も障害があります。
「生きることも死ぬこともがんばらなきやいけない」
私はホスピスをイギリスで学び、山梨に十七、八年前に戻ってきました。その時から私の話を聴いて下さった古い知り合いがこの中にいます。

 もう皆さんが順調にお年をとられているな、私自身も順調に年をとっていますし、仲間も順調に年をとっているんですが、その中でいのちの勉強ができているというのはとても嬉しいことです。本当にありかたいなと思います。

 ホスピスという啓蒙活動を山梨で始めた私に一番始めに手を挙げて「どうぞ清里にその根をおろしてください」と言われたのが清里が初めてなんです。「清里は入植のかたの歴史やいろいろな歴史があるので、そして土地も建物もけっこう空いているので、是非そのホスピスという建物が必要だったら清里へ来てください」と言われたのが18年前でした。でもその時、その声を掛けてくれた方に「ホスピスつて何だと思いますか」と尋ねたら、どうもホステスさんと間違えてたようで(笑)、そういう時代だったんですよ、皆さん。

「実はホスピスというのは結核のサナトリウムとは違うんです」というお話をその時にしたんです。清里は空気がいい、そして景色のいいところ、でもがんの末期と、進行がんと言われた方はそこから元気になって戻るということは大変難しいかもしれない。もし、いのちが短いのだったら、環境がよく、いい看護師さんも先生もいるけれど、家族が住んでいるところから離れてここに住み込んで、自分の今までの暮らしのところから遠くなって幸せだろうか?それは私がイギリスで学んできたホスピスとは違います。

 いのちの最期は、自分が暮らしてきた場所になるべく近い方がいい。今、震災でたくさんの人が故郷を離れて、でもみんな戻りたいって言っているんです。あの怖い思いをした海だけれど、海のほとりに戻りたいっていう人たちがたくさんいる。自分が見てきた景色の元へ戻りたいっていう人たちがいっぱいいる。だから、いのちの最期を過ごしたいのは、たぶん私はみんながずっと過ごしてきた暮らしの場所に近いところだと思います。

 そういうことをお話して、ホスピスという建物を清里に建てるということをしばらく保留してきました。でもですね、18年経ったら、いのちの縁の糸が太く呼び合わされて、こうやってお友達も増えました。ホスピス、それからホスピスの心、それをサポートする人たちの学ぶ場所がそれは実は学校でした。ということを私か気づいて、これから何年かかるか分かりません。卒業するまで何人残るか分かりませんが、いのちを学ぶ学校をしたいと、そういう気持ちが盛り上がっております。今日はその開校のプレイベントです。

 ホスピスという言葉はたくさん世の中に出ました。おかげさまで緩和ケア病棟も全国で増えました。

がんになっても、末期になっても、進行がんになってもがんの体の痛みを緩和してもらって、緩和できるということをずっと伝えてきました。専門の先生かおっしゃっているように、長生きすることによってがんが起こりやすくなっている。
高齢者のふたりにひとりはがんになる可能性が大きい、と。そういう時代で私たちはたくさん学んでいかなければならない、ということです。

 今日はいろいろな年代の方がいらっしゃいます。熟年の方が多くいらしていて、一生懸命勉強してくださっているんですけど、今度の原発の事故も含めて、ほんとにこれから日本に生きていく若い子たちに「ごめんね、大人のツケを押しつけてごめんね、あなたたちが少しでも希望を持って日本で生きられるように頑張るよ」 って、大人が言わなければならないと強く思います。

 そんな中、先日、17歳の高校生が文化祭で発表したいと、ホスピスについて学びに来たんです。すごく嬉しかったです。その子たちが一生懸命私にインタビューしてくれて、ホスピスについて勉強してくれた。若い子とのメッセージの交換はほんと大事ですね。
 彼女はこういう風に私のインタビューをまとめてくれました。17歳、高校生。未来はずっと輝いている。彼女の言葉

「内藤先生はこう語りました。ホスピスケアとは自分の持つ宝物に気づくお手伝いです。」

 今日の映画『スイッチ』 の話にも通じるんです。私たちが持っている宝物に気づいた時がスイッチ・オンです。皆さん、今日スイッチ・オンしました?大丈夫?そこでオフにして帰らないでください。いいですか。スイッチ・オン。今回の3月11日の震災に関しても、私たちは限られたいのちであるということに気づき、そして困り、非常に混乱しました。それもスイッチ・オンなんてすね。限られたいのち。いのちは誰にとっても宝物だということに気づく。だから私は今日、皆さまに申し上げたい。

がんだと言われたりいろいろな治療をしたり、もう治療法がないよと言われた時、決して絶望に陥らないでください。それだからこそ、皆さんの身近な人、この自然、それから与えられてきたこと、そして皆さんが出会ってきたいろいろな人たち、そういう人たちを思い出す時、私たちは決して絶望する必要はないということなんです。

しかし、もうひとつ難しい問題がある。それは、最近の新聞にも出ていましたが、今がんになる人が多いからこそ、最先端の治療法がすごく発達している。そうすると80になっても90になっても宝物に気づくという時間を持つ代わりに、高機能の病院にせっせと通ってぎりぎりまで壮絶な副作用と闘いながらがん治療をするという選択が可能になっています。もちろんそれはその人の選択なんですけれど、でも治療する先生がこれはもうしなくていいよ、口の中や手がただれるよ、頑張って治療しても治らないと、おそらく何日かいのちを延ばすだけだと、だったら自分の家に戻り、自分の身近な人の元に戻り、あなたの宝物に気づくという選択もありますよ、ということを言ってくれる治療の先生は少ないと思う。

 今日皆さんが私の話の中でスイッチ・オン、自分の宝物に気づいて下さい。皆さんはきっと宝物に気づいているかなと思うんですけど、それを私たちの未来を生きる高校生が言ってくれたことに私は感謝しました。


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