講演告知

~みんなでつながって~「まけない!」講演会の報告

120131_07.jpg福島市での講演会の計画は、福島市で在宅ホスピスを実践している友人の鈴木信行医師からの相談でスタートした。私は福島県立医科大学の出身なので、今こそ何かのお役に立ちたかった。
鈴木さんは言った。
「よく考えたら自分たちも被災者なのに、必死で頑張り過ぎて医療・介護者たちの疲れが溜まってきた。何かみんなで元気になる集まりができないだろうか・・・」


3月11日以降ずっと東北の支援に入っている鎌田 實先生を柱に、永 六輔さん、音楽家の小林啓子さんの快諾を得て、1月25日、福島市音楽堂での開催が決定した。
私は前日から福島市へ入る。寒いお昼過ぎに親しい友人宅を訪問。鈴木先生とグループホームの訪問。その後、奥土湯温泉の川上へ。温泉施設は地震で大きなダメージを受け閉鎖が多い。仮設住宅も見たが、この寒さの中、皆さんどうやってお過ごしだろうと心配になった。
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NHK学園という通信教育の卒業生たちと交流。前夜祭の会津磐梯山の大合唱は大きな思い出。
1月25日
午前中は福島県青少年会館。NHK学園CS福島けやきの会の皆さんのための講習会。津波で家族を流された方も参加して下さった。我慢しないで思いっきり泣いて下さい、と伝えた。いつか泣かない日がきます、と。
この会の皆さんには谷川俊太郎さんの『生きる』という詩集をキーワードにして、それぞれが自分の「生きる」言葉を探してもらうことにした。(宿題)
10月の北海道巡業の仲間たちも参加してくれて、嬉しい再会の場にもなった。
『生きる』 谷川俊太郎
生きているということ
いま生きているということ
それはのどがかわくということ
木もれ陽がまぶしいということ
ふっと或るメロディを思い出すということ
くしゃみすること
あなたと手をつなぐこと
生きているということ
いま生きているということ
それはミニスカート
それはプラネタリウム
それはヨハン・シュトラウス
それはピカソ
それはアルプス
すべての美しいものに出会うということ
そして
かくされた悪を注意深くこばむこと
生きているということ
いま生きているということ
泣けるということ
笑えるということ
怒れるということ
自由ということ
生きているということ
いま生きているということ
いま遠くで犬が吠えるということ
いま地球が廻っているということ
いまどこかで産声があがるということ
いまどこかで兵士が傷つくということ
いまぶらんこがゆれているということ
いまいまがすぎてゆくこと
生きているということ
いま生きているということ
鳥ははばたくということ
海はとどろくということ
かたつむりははうということ
人は愛するということ
あなたの手のぬくみ
いのちということ
私の分も披露します。
『生きる』 内藤いづみ
空をみて
雲をみて
星をみて
花をみて
風に吹かれて
武者ぶるいして
「うーん すてき!」と思うこと
生きていくということは
いろいろな苦労と
ささやかにきらりと輝くよろこび
そして
じわじわと育つ幸せのつみ重ねではないかしら
小林啓子さんはギターを抱えて参加して下さった。
啓子さん(フォークシンガー)の歌声は素直にストレートに胸に沁み入った。
ジョーンバエズの「雨に何をしたの?」は圧巻。
リラックス法は心と体の声を聞きながら、手から手に伝える方法。皆さんの体の予想以上の緊張が伝わってきた。
1月25日午後1:11、永さんを福島市駅へお迎えに出る。永さんは秋に足の骨にケガをして入院。その後、リハビリに励み退院したばかり。初めての遠出。立って歩くことはできるけれど、移動は車いすにして頂いた。お顔を見て大安心。ようこそ福島へ。
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「内藤さん、今日のテーマは?」
「はい。つながる。まけない」
「よし」永さんの瞳が強く光った。
以後、永さんの指示に従う。
午後の会は音楽堂にて鈴木先生のあいさつで始まった。
ごあいさつ 実行委員会実行委員長 鈴木信行
3.11東日本大震災から10ヶ月が経ち、わたしたちの周囲は何が変わったか?
屋根、壁の修復、陥没した道路の補修、放射能除染作業など。しかしそれ以外目に見えて変わったことはないように見える。でも明らかに今までとは何かが違う。多くの人が茫漠とした不安に駆られているようだ。そして今住んでいるところが、かつてのように「安心できる処」ではないと感じている。
被災当時から今日に至るまで県知事、市長らのリーダーシップのなさが歯がゆい。県民、市民に直接呼びかけるメッセージはわたしたちの耳に届かなかった。
国は地域住民の生命を守ることよりも、パニックが地域から県内に、さらに県外に拡大しないことを優先して判断していたようだ。南相馬、浪江の人たちは西に逃げて被曝した。
原発事故に関して突拍子もなく収束宣言を出した総理大臣には呆れてものが言えないが、今でも余震の都度身が縮むし、原発からいつまた新たな放射能がまき散らされるか恐怖に怯えているのが多くの県民の状況である。
今、わたしたちはそれぞれの地域で今後の生活を考え、将来像を思い描き、行動しなければいけないようだ。待っていても最善の状況はみえてこないのだから。
地域で在宅療養者を支える医療・介護・福祉系の人たちは、自分たちが被災者であることを思う暇もなく職務を担い続けており、そろそろ疲れが出てきていると思う。
これから「安心して生活する」ための課題が山ほどあるが、これに取り組んでいくためには人と人のつながりが大きな力、支えとなるだろう。
今日、お集まりくださった方々には復興・再生の原動力となる「人と人のつながり」を是非とも広げていただきたい。
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鈴木先生がサックスをのびのびと演奏し、地元のバンドと一緒に明るく演奏。そこに小林啓子さんが「上を向いて歩こう」でつながる。啓子さんはかつてその歌声で学園フォークの女神と言われ、大人気であったという。
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永さんが啓子さんを紹介でつなげる。啓子さんは30年家庭に入っていたが、その歌声を再び舞台に呼び戻したのは永さん。
「夢で逢いましょう」「アメージンググレース」の歌声は、参加者を魅了した。
そして、永さんと私がつながる。
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退院したばかりの永さんの第一歩は福島の地。福島の地に来て分かること。それは、皆さんが放射能の恐怖を始めとして、辛さに耐えて生きている、ということ。いのちはそばに行って、触り、ぎゅっと抱きしめないと分からない。皆でこの地に触れて感じてほしい。
永さんはおっしゃった。
「スコットランド人が演奏する時は、一番ヘタな人に合わせる。そうするとその優しさで演奏が上手くいく。日本も今一番苦しくて、辛くて、大変なところに合わせるべきだ」
永さんはプロ中のプロとして、今日の午後の流れを仕切って下さった。さすがである。全てがサラサラと滑らかにつながっていく。
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次に、私と鎌田 實さんがつながる。そろそろ20年になるお付き合い振り返る。
“よく無謀にも、日本で誰もしようとしなかった在宅ホスピスケアをしてきたねぇ”と。
それには、永さんや鎌田さんの応援の力が大きかった。
鎌田さんからは
「いづみさんの家族の、ご主人の支える力が大きかったと思う」と指摘された。本当にそうだ。舞台上で密かに家族に感謝を捧げた。
最後のパートは鎌田さんが90分以上語って下さった。チェルノブイルの支援をずっとしてきた人だからこその説得力。知ることを恐れないこと。知って未来を自分たちで選んでいくこと。避けられるリスクの防ぎ方。ポジティブに生きていく方法。つながっていく一人ひとりが自分たちの思いや決意を次の人につなげていくこと。その勇気を皆さんが持って下さったことを確信する。その勇気を応援していく。
私は夫と一緒に鎌田さんの呼び名を考えた。“人道主義実践スペシャリスト”
ところで私は、次はこの方につながりたい。
アイヌの自然観を伝える宇梶静江さんに。
この方の詩を紹介する。
大地よ 東日本大地震によせて
詞:宇梶静江
曲:丸山史朗
大地よ
重たかったか
痛かったか
あなたについて
もっと深く気づいて
敬って
その重さや
痛みを
知る術を
持つべきであった
多くの民が
あなたの
重さや 痛みとともに 波に消えて
そして
大地にかえっていった
その痛みに
今 私たち
残された多くの民が
しっかりと気づき
畏敬の念をもって
手をあわす


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