講演のお知らせ

開催報告 2011年11月20日「地域の医療と健康を考える会・GHWの会」

111130_04.jpg講演の開催報告です。ご自身が難病患者である方からいただいた感想文とともにお伝えします。


患者さんの命を最後まで輝かせる為に、医師としての常識を外れ、奮闘されている内藤先生のお姿が、柔らかいピンク色に輝いて見えました。
残念ながら、「最後は在宅で!」と希望しても、さまざまな問題から、なかなか叶わないことが現実だと思います。
だけど、ご講演の中のスライドに出てきた患者さんやご家族の方達は、皆さん清々しい表情をしており、命の最後であっても、幸せに近づく方法があるということに、深い感銘を受けました。そして、患者さんの最後の希望を、必死で叶えようとする内藤先生の姿勢に、目が潤みました。
私、以前、入院した際、末期ガンで余命2ヶ月の患者さん(女性)と同室となり、二人きりだったことがあります。その方は、まだ、50代前半でしたが、私が彼女と同室だった10日間に、本人と家族への余命宣告、転院のお願いが病院側からされたので、病室では、親族が泣いたり怒ったりしながら、まとまらない今後の相談を延々としておりましたし、夜は夜で、むせび泣いている彼女の泣き声が聞こえてきて、病院で迎える末期ガンの患者さんは大変な孤独であると同時に、残り少ない「命」に対しても集中も出来ないことを知りました。
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また、彼女は優しい人だったので、親族が帰った後は、私に対し、「申し訳ないですね。お体にさわりませんか?」と、気を遣って下さるのですが、
「私は寝ているので大丈夫です。本当にお辛いですね。」
と、気遣いつつ返答していたものの、お見舞い時間を守らず、朝早くから就寝時間ギリギリまで大勢やってくる親族の訪問が苦痛で仕方なく、1日中「死」が充満する病室で、私は眠ることが出来なくなり、疲弊していきました。
担当医は病室から足を遠のけることが出来ますが、同室の患者は遠のくことは出来ず、健全な回復が望めなくなります。
在宅で最後を迎えられるのは理想ですが、在宅じゃなくても、ホスピスや緩和ケア病棟、または治る見込みがないと本人が知った時点でせめて個室にうつし心のサポートが出来る医療スタッフが病室に来て下さるとか、ご本人もご家族も、命に向かい合える体制、納得のいく最後を送れる体制が整っていると良いです。
また、末期ガンの患者と、普通の病気の患者を同室にしてはいけないと思います。お互い神経すり減らします。
だけど、現実問題、それまでお世話になった病院で最後を迎えられる末期ガン患者さんはまだ幸せで、時に、「○日までに転院して下さい。」
と、病院すら追われてしまうのは、何ともやりきれません。
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また、今回、内藤先生のお話の中で一番印象に残ったのは、「難しすぎる患者には近づいてはいけないと学校などで教えられつつも、医師と患者の間にある超えてはいけない川を渡ってしまった。」
というお話でした。
難しすぎる患者、面倒な患者に、寄り添う医師が少ないことは、自分及び患者会の会員さんの経験から、身に染みてわかっております。
内藤先生は、その川を超え、病院勤務だった頃から、患者さんに寄り添う道を進まれたので、本当に素晴らしいと思いました。
私自身は、時代と逆行しているようですが、「告知」を望んでません。
たとえ、余命が少ない場合でも、伝えて欲しくないのです。
もちろん、現実問題、最近は告知する医師も多いと思いますし、家族にも負担がかかると思いますので、告知はやむ終えないと思いますが、自分の本心としては、告知を望んでおりません。
20代で、「今後どうなるかわからない。」と、難病の告知を受けたけど、それは、その後の自分の人生にとってマイナスでした。告知後、難しい患者(私)にシッカリ寄り添ってくれる医師がいたら、また考えも違っていたかと思いますが…。
また、すでにたくさんの病気を患っており、もう十分苦しんできたし、この先、もし命にかかわる病気を発症したら、「もう、頑張らなくてもいいよね!」と思っています。抗癌剤など、一切拒否し、ホスピスへ行きたいです。
最後は、シッカリ寄り添ってくれる医療者のもとで、必要最小限の治療を受け、穏やかに逝きたいというのが理想です。
だからと言って、私のように40代でこのようなことを言うと、投げやりになっているかと思われるかもしれませんが、けして命を粗末にしている訳でもなく、患者会の仕事に生きがいを感じておりますし、周囲との触れ合いは宝物で、おそらく、健康な人以上に1日1日を一生懸命生きています。長生きするようならします。
何か、難病と長年共存するようになってから、命の大切さを知ると同時に、少しづつ、命に対する執着が減っていきました。そして、長く生きるより、濃く生きる人生に執着するようになったのです。
実は、昨年、あるテレビを見て、感銘を受けました。それは、「ある少女の選択 ~“延命”生と死のはざまで~」というドキュメンタリーで、延命治療を拒否して自宅療養を選び、お亡くなりになった、享年18歳の田嶋華子さんのお話ですが、下記のサイトで20分程度の動画が見れます。
ある少女の選択 ~“延命”生と死のはざまで~
あまりにも深く重いお話ですが、でも、華子さんの、命を長らえるより
もっと大切なことがあるという気持ちに、痛く共感しました。
限りある命、どう生きるのが幸せかは、人それぞれですね。
いろいろなことを学び、考えさせて下さり、本当にありがとうございました。
中枢性尿崩症の会 大木里美さんより