エッセイ

北海道との縁(えにし)

私と北海道の縁は深い。父の妹、つまり私の叔母は仕事の関係で、一家で北海道に長年暮らしている。初めの頃は釧路に住んでいた。


私の幼い頃、北海道は遠い土地だった。庶民にとって飛行機は高値の花だったから、故郷の山梨に叔母たちが帰省する時は、汽車と青函連絡船を使い気の遠くなるような時間を費やして辿り着く大旅行だった。だから滅多に会えなかった。
叔母夫妻と私の父母は戦後、山梨県の田舎の地域では初の人前合同結婚式を挙げたそうだ。
私の父は山梨県で当時一番若い30代の教育長として腕を振るった。
ある時、女性の先生も全員一緒に生徒とプールに入るように指導したら、猛烈な反発を受けたと母が話してくれた。今では当たり前のことで、まるで笑い話のようだ。平和な世の中を創るためには、男女平等の視点に立った女性の教育と地位向上が必須。それが父の持論だったという。そういう男性に選ばれた、という母の誇りと頑張りを私はいつも感じて育った。両親のそうした哲学が医者としての私の人格の土台を創ってくれたと思って感謝している。
さて、叔母は大変細やかで、優しい人で、働き者で賢い人だ、と母がいつも私に教えてくれた。人一倍親思いであるので、遠い北の地へ行くことは身を切られる程の辛さであったという。叔母はよく北から便りを寄こした。
“内地の皆様へ”
といつも書かれていた。北海道と本州の間には、深くて広い海峡があるのだと幼心に私は思った。北海道はまるで外国のようだった。
便りには、「飛ぶ鳥を見る度に、自分にも羽があったなら親に会いに飛んで内地に帰れるのに・・・」とあった。
もちろん叔母は一男一女に恵まれて、叔父と一緒に幸せな家庭を創った。叔母の一番の心配は年老いた親の行く末のことだった。
私の母は200%頑張る大きなパワーのある元気な女性だから、「心配しなくて大丈夫。私に任せて下さい」と叔母に伝え、本当に嫁として裏表なくよく尽くした様子が子供時代の私の眼にもしっかり残っている。母は骨身を惜しむということがない女性である。私の祖母はこの母の手により、大切にされ幸せに家で看取られた。「義姉さん、ありがとう」という叔母の感謝の気持ちが度々母に伝えられた。この体験が今の私の「在宅ホスピス医」の働きに繋がっているのだと思う。
叔母一家は今やすっかり北の大地の人間になった。いとこは山梨大学の発酵生産学科(当時)を卒業し、その後、池田町役場に勤めて池田町のワイン部門へ多いに貢献しているようだ。彼は全国ワイン品評会には審査員として山梨を訪問し、私の夫とも交流を深めてくれた。こうして北海道は近くなったとつくづくと思う。
私は幸運にもこの10年程、北海道で暮らす「いのちの輝きを考える女性たち」と親交を持つことができた。そのご縁で、毎年講演で北海道を訪れている。北の大地の女性たちは逞しく、思い切りがよく、肝が据わっていることを学んだ。
2年前の旭川青年大学の講演会の時には、叔母一家と私に同行した90歳近い母も再会できた。「これが今生の最後の再会かしら」などと明るく母たちは手を握り笑い合った。何の、何の。高齢者のケアに携わる私は知っている。高齢者たちのいのちは逞しい。叔父の健脚もまだまだ健在だった。きっとまた会える。北海道はこんなに近くなったのだから。
私は今年の10月には、札幌、様似、帯広と連続講演を予定している。ばらのおうち文庫の高橋さん方のお力で、各地でいのちのメッセージを伝える。
老いも若きもたくさんお集まり頂きたい。多くの再会を期待して、私は北の大地へ向かう準備を整えている。


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