エッセイ

遠野という場所

遠野はどこにあるでしょうか?みなさん、ご存知ですか?


岩手県の内陸部です。東北新幹線では新花巻で下りて東へ向かいます。
民話の集大成が、100年前に地元の佐々木喜善さんの活動でまとめられました。
柳田國男さんに大きな評価をうけ、応援を受けて遠野物語として、次第に全国に知られるようになったのです。

遠野物語にあるエピソードは、実際にあったことも多く、関連の子孫は今も辿れると聞きました。
有名な、おしら様、河童などの話しは、滑稽というより重くて笑えない。
ほんの少し前の、昔の地域の様子が窺い知れ、土と水の匂いがします。
囲炉裏の語り部の女性の話はしみじみと胸にしみてきました。

私は遠野は二回目。最初は遠野社協の事務局の責任者の方と知り合い、お招きを受けました。これには震災ボランティアの支援活動が関係していたのですが、その話はいずれまた。この責任者の方のお人柄に惹かれました。

私の夫は30年前に行ったことがあり、訪問をすすめてくれたのです。
「いい所だよ。ただし、寒くなる前に行った方がいいよ、」と。
遠野の寒さは有名。昔は、遠野では馬も家の中で一緒でした。

馬は本当に重要な存在でした。曲り家という形の家が今も遠野には保存されています。
飢饉や冷害もよく起きて、亡くなる人もたくさんあった、と記録にあります。
60歳を過ぎた人は家を出る。口減らし。でんでら野という丘に行く。
貧しい小屋に肩を寄せ合って暮らす。自分の家も見渡せる丘。
元気な人は里に下りて、農作業を手伝って食料を分けてもらったりしたらしい。
長野の姥捨と少し違う様子ですが、それでも、厳しくて哀しい農民の暮らしです。

ところで、昨年、郡上八幡での講演会で俳優の近藤正臣さんと知り合いました。
近藤さんは、郡上八幡に惚れて、東京から家族と移り住んでいました。

郡上八幡に惚れた人に、遠野もお見せしたいと私は思ったのです。
見て欲しくて、しつこくお願いしました。
そして、ご家族と旅を兼ねて遠野に来てくださることが夢のように実現したのです。
私の講演会にゲスト出演してくださった。
内陸部の郡上八幡、甲府と、遠野。それぞれが文化を育て、過去から今へと生き抜いてきた地域です。
限られた時間では、それぞれの思いを語り尽くせなかったように思います。
またの機会があるといいなあと思いました。

遠野の紅葉は美しかった。
寡黙だけれど、優しい笑顔の遠野の方々は、過酷な厳しい歴史を語り継ぎ、知らず知らず自分のうちに織り込んでいるのだと感じました。
私達は今、医療の中で、それぞれの人生は物語だ、と言い始めています。
ナラティブな捉え方です。
私はその始まりの場所、遠野に行ってきました。
ナラティブを提唱する人たちは一度遠野に行かなくちゃね!と私は思います。

私の下半期はあまりに疾風怒涛でした。
深呼吸をして、自分の物語をゆっくりと紡ぎたいと思います。

まずは短い遠野の報告でした。

追伸
そういえば、私は「いのちの不思議な物語」というタイトルの本を書いています。
遠野で紹介すれば良かった!とあとで思いました。これは、きっと3回目がありますね!祈ります。

内藤いづみ