講演報告

開催報告 富士北麓緩和ケア研究会の講演会

10月28日、富士北麓緩和ケア研究会で講演いたしました。参加者の感想と、私の回答という形で、開催報告いたします。

―――ご感想―――
10月28日、雪を被った富士山がくっきりと秋の空に映える心地よい晩秋の午後、1年ぶりに内藤先生のお話をお聞きする機会が実現しました。
今回のテーマは「あなたとわたし ふたりからのコミュニティ」でした。
講演の始めから最後まで先生が看取った患者さんとご家族の暮らしが綴られた映像が次々に紹介されて行きました。
富士山の写真
そこには病と共に暮らす患者さんたちの死を前にしてもそれまでの日常が少しも途切れず、損なわれず生き生きと暮らしている姿や、家族や先生との会話がありました。
患者さんとご家族の生活の条件も心模様も様々です。しかし、死を日常の中から押し退けず、それを見つめながら生きる姿には共通するものがありました。
普段と変わりない生き方、自分の考えや思いを大事にする、家族の方々もそれを受容し、一緒に死に向かって日々の暮らしを生きている姿勢です。
いつものように大好きな花を育て、食事作りも買い物も一人で何でもやったおばあちゃん。
最期まで大工仕事に勤しみ続けたお父さん。
がんと認知症で車椅子やベッドが日々の居場所になっても心はいつも周りの家族や先生、スタッフの心と繋がっていたお父さん。
まもなく最期を迎えていても、今までやって来た通りに「先生達にたっぷりとおもてなしをするように!」とベッドから奥さんに命令したお父さん。最期の笑顔でVサインには心を揺さぶられました。
毎日先祖のお墓の前を通って畑に通う道すがら遠からず自分が入るお墓参りを欠かさなかったお父さん…。
内藤いづみの講演風景
病や死を受容することは決して容易なことではないはずです。でもそれができるのはやはり慣れ親しんだ自分の居場所、家族や友達、役割や習慣などから切り離されていないことが大きな助けになるのだと痛感しました。と同時に人任せにしない自分なりの思いや自立した姿勢を持っていること、それを受け止めてくれる周りの人々の存在も肝心なことだろうと感じます。

そしてもう1つ大事な切り札、それが今回のテーマでした。
それは先生が医者であることに留まらず心が医者と患者という「枠を越えて」寄り添い理解し見守っている「友達」になっているという関係なのでした。
人間同士が役割や立場ではなく心と心で友情で繋がっていること。
人間はひとりでは生きられません。コミュニケーションはふたりから始まります。そのふたりの心が暖かい友情で結ばれていたら、そして互いによく理解し信頼し合えたらどれほどの勇気を得られることでしょう。
「それは家族でなくても可能なんですよ」と内藤先生は明るい声で力強くハッキリと仰います。
内藤いづみの講演風景
富士北麓地域はまだまだ家族や近隣の人々の繋がりが幾らか保たれている地域かもしれません。しかしそれでも私達は現在から将来へとますます積み重なって行くであろう色々な困難な課題を抱えています。
希望を見いだす視点を探しながらも時には無力感に襲われることもあります。
そんな中、先生のお話によって「小さなふたりからのコミュニティ」を一人一人が点点と育てながらどこにいても安心して自分らしく生ききる可能性について暖かい灯りを点して頂けた充実の2時間でした。

―――返信―――
感想を改めて何度も読み返し、噛み締めています。
私の仲間たちともシェアしました。
内藤いづみの写真
仏教の学びをなさっている主催の皆さんが、キリスト教の信念で働いた
シシリーソンダース女医の哲学と実践を伝えてくださるという妙味。
まさしくホスピス活動の真髄を感じました。
そしてもう一つの次の宿題。
それは、命の解放運動だったイギリスでのホスピスムーブメントが、緩和ケアの医療分野
での発展で、病棟での不安とともに隔離へ、薬ずけへと変貌している現状を
見てもらいたい。
今起きているマギー運動は、命の閉塞からの、再びの解放運動だと私は感じます。
イギリス人ってすごいなあ!その矜持に感服します。

樹木希林さんが言ってます。
死ぬ時くらい好きにさせて!と。
薬ずけにならなくても自分らしく旅立てます、そう私は伝えていきます。

昨日の富士山の輝きは神々しいものでした。思わず手を合わせました。


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