ホスピス記事

新コミュニティ時代へ

たまにうかがう小さなランチのお店。
手作りで出汁がきき薄味。

野菜も多種類。
いつも常連客でいっぱい。
お年寄りも多い。
お年寄りならここで一食食べれば一日の七割摂取量は大丈夫。

美味しいとみんなご機嫌よくなり、仲良しになる~会話も多い。
料理好きなマダムが楽しくランチを作ってくれるから空気が温かい。
ランチタイムのコミュニティ。
今日は鮪の漬け丼 ~まったりと美味しい。
嗚呼と孤独のグルメのようにつぶやく。
これで750円なり。
一食に愛がこもっている。
食事ってマジックですよね。

新コミュニティ時代へ向かう風が吹いている
いのちの最終章をどこでどう誰と過ごすのか、ということを考えること。それが今の私たちの急務です。
在宅での看取り、施設での看取り。つまり、病院以外の場所で人生の最終章を過ごしてほしい、という国からの必死のシフトチェンジへの圧力?が感じられるこの頃。

いのちの主人公である私たち自身が、しっかりとそのことについて考えることが置き去りにされていないだろうか、と思うのです。
このままでは他者の作ったシステムに流され、自分の思いが果たされづらくなるのでは、と私は心配しています。
いのちに向かい合う、いのちに囲まれて生きていく、という自覚と実行には勇気とエネルギーが必要だと私はこの30年の在宅ホスピスケアで皆さんから教えられてきました。

コミュニティって言葉はかなり使い古されてきましたよね。
漠然と自分たちの暮らす地域と思い浮かべるけれど、私は最近、人と人との関わりの最小単位じゃないか、と思うようになりました。
たとえば、高齢になり食事を与えられ、清潔に排泄を助けられ、安全な場所で眠ることができても、それだけでは幸せは完成しないのです。
知った顔と交わす笑顔と会話。最終章を共に過ごすことになった縁である仲間たちとの交流。たとえ、障害や認知症があっても常に顔を見る時間の中に悲しみと喜びとともに人間としての心のやり取りは存在します。

ベルトコンベアーに乗せられたようなケアのシステムでは、笑顔は生まれづらいでしょう。
継続的な交流と関わり、そういう最小単位のコミュニティが、各地で地域の文化を力にして生まれてほしいと願っています。
色々な状況で人生の最終章に共に過ごし、時には助け合うことになった人たち。その人たちは「新 身寄り」ではないかと私は思うのです。「身寄りがない」と嘆く前に、新身寄りを作りましょう。そして新しい関わりに心を開いて下さい。
血縁がどうしても強調されがちな「家族」という枠を飛び出し、新しい「身寄り」をつくり、支え合っていく未来。

淡路島で活躍するSODAの木田かおるさんたちも、いのちを学び、「生きていく」人たちとの交流と支援の先に身寄りネットワークを作ってくれるのではないか、と大いに期待しています。

ホスピス在宅ケア研究会やまなし代表
内藤いづみ


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