メディア出演情報

人生の最終章をどう支えるか

わたり病院地域連携室通信より

2019年12月14日、甲府市にある『ふじ内科クリニック』院長の内藤いづみ先生を講師に緩和ケア病棟講演会を開催しました。
2019年10月6日には『情熱大陸』(TBS)で94歳の女性の終末期を支える姿が放映されました。
先生は『福島は自分が医師になる礎を作ってくれたところ』と自己紹介され、『東日本大震災では同級生が頑張って苦労していた。自分がお手伝いできないことを心苦しく思っている』と述べられました。

師匠は永六輔さん
内藤先生は随筆家・放送作家の永六輔さんが「どう伝えるか」を教えてもらった師匠とお話しになりました。
永さんは『いのち、暮らしの声はその地に行って同じ空気を吸って同じものを食べないと分からない』と言われ『内藤先生、いのちとは傍らにいて抱き締めないと分からない』と教えられました。
『ユーモアが命を支える』というのが永さんの基本です。
大きな災害が頻発するなかで先生は「小さな診療所で医師は自分一人でスタッフと一緒に外来と往診をやり繰りしており、土曜日も診療のなか休診にして福島に来られたことは幸せ」と話されました。
日本中、世界中で災害の世紀に入ったことを実感すると話され、11月には2018年西日本豪雨で大きな被害を受け51人が犠牲になった倉敷市真備町を講演会で訪問されました。真備町では、高齢者や障がい者の命を守るため「避難所」に向かわず、自宅2階で難を逃れる「垂直避難」の準備の取り組みが進められているとのことです。

「死」をタブーとする風土の日本
先生は、有名な年配の俳優さんと岩手県の遠野に「看取り」「いのちの話」で講演に行かれました。現在この方は、交通が不便なことから「古いもの」が残る飛騨の郡上八幡に居を定め、縁あって一緒に行くこととなりました。
遠野では「死」はタブーになっている日本社会で、『大切なのも』を見直して『いのちの最終章』をどうするかを話してきました。
先生は大正大学で『臨床宗教師(僧)』を目指す大学生に講義を行なっています。僧は「完全に死んだ人」としか触れていません。学生のように若い人は人が亡くなる場面に触れる機会があまりありません。大人はその点で貴重な体験を積んでいます。
「臨床」とはベッドのことです。病室で『南無阿弥陀仏』が聞こえてくれば心証は良く受け取れないでしょうが『讃美歌』なら受けとめも違うでしょうか、とのことでした。
臨床とはベッドではなく『病んだ人』に「生きる証」「いのち」に向かいあうこと。臨床宗教師には「仏壇仕舞い」「墓仕舞い」にならないように支えあうこと、「悼むこころ・ケアするこころ」を持てるようにすることと学生さんにはお話ししています。

『情熱大陸』放映にまつわるお話し
10月6日に放映された『情熱大陸』の番組制作ついてユーモアを交えお話しされ、会場からの大きな笑いも起きました。
人生にとって大事な時間を過ごす「死にゆく人」にとり、カメラが入るのは『余計なこと』です。患者さん自身に開いたところ撮影は最初は拒否の意思を示されました。
撮影は通常、監督・カメラマン・音響・ナレーションの出来る人と、少なくても4人が必要です。先生はこれが一人でできる人がいることを撮影の条件にしました。先生は、3か月間の取材を一人でできる人であることを撮影の条件にしたところ、それができる人が現れました。患者さんの所に「すぐに駆けつけられる」よう自分のクリニックに泊まり、入浴施設が近くにあるのでそこを利用するように指示する夜もありました。
娘さんは患者さんに「カメラに映ることは社会への貢献なんだよ。」と言ってくれたことで撮影がOKになりました。放送当日、みんなで手を握ってテレビを見たらあっと言う間に番組が終了しましたが、放送後は『情熱大陸』をいろいろな人が見てくれ、在宅ホスピスケアの活動を知ってもらえることになりました。
瘻痛緩和ケアの現在 うことが何よりのもてなしと教えられて育ってき先生は、在宅でWHO方式による医療用麻薬を処方する痙痛緩和を実践され、患者のQoL向上に貢献された武田文和先生を師に仰いで日々の診療をされています。
先生が緩和ケアを学んだ頃の教科書に比べ、今の教科書は「どんな薬をどんな時に使うか」の研究が進み大変分厚いものになったとのこと。患者を必要以上の「薬漬け」にすることになることを危惧され、医療者が患者と『ホッとしたよ、みんなと知り合えて安心したよ。自分の居たいところに戻って安心した』と言われる関係ができ、「その人をトータルに診る力」が養われ、ガッチリとした人間関係が築かれると確実に薬は減ります。とお話しになりました。先生自身若いころに比べモルヒネや痛み止めの使用量は1/20に減ったそうです。「人生の最終章」くらい薬の量を減らし楽になりたい、との思いに寄り添うことを提示されました。

「限界集落」に暮らす80代のご夫婦への関わりから
在宅ホスピスを実践していくと「文化人類学」を学ぶようで、心理学・ソーシャルワークも学ぶことになり感受性の高い事も求められるとのことです。
先生のクリニック(甲府市)からは車で一時間くらい離れた所、言わば『限界集落』に住む老々介護の80代高齢者ご夫婦の事例を紹介されました。
ご夫婦のところへはお孫さんたちが来られます。山々に囲まれた山の上の場所で、がん患者の夫が自宅での生活を望まれ、先生は初めての時は夫の運転でお住まいを訪ね、往診に来てもらえること自体を感謝されました。看護協会で仕事をしている訪問看護師も当番制で入って在宅医療を支えました。
患者さんは厳しい自然条件のもとで開拓をすすめて農業に励まれ、家の見える集落の一番いい所には祖先たちの墓を設けました。墓地のなかで一番良いお墓だそうで、その傍らには桜を植えた公園があり春に満開になると見事だそうです。患者さんからは一緒に花見をしましょう、と約束をすることになりました。体調が良い時はクリニックに診察にも来ていました。好きなものは食べられるので点滴もありません。重い胃がんでしたが安定していました。
病院は入院しても看護師さんが忙しく、本人が難聴でコミュニケーションが難しくポツンと一人。家に帰れば奥さんにあれこれ指示して自分の力が発揮できるとの思いで在宅療養を選ばれました。
訪問診療の日でない時に訪問看護師から「先生来てください、様子がおかしいです。私が迎えに行きます」と電話がありました。急変したかと思って行ったところお孫さんや親戚の方が集まっていて患者さん本人も元気そう。患者さんは「この家にこんなに人が来たことはない。冷蔵庫のものを全部料理しみんなに食べてもらえ」「お客に美味しいものを食べてもらうことが何よりのもてなしと教えられて育ってきた」と奥さんに指示しました。先生も看護師さんも固辞しましたが、みんなでワイワイ食べ始めると御本人がニコニコととても嬉しそうな表情になりました。「ホスピスケア」をしてきたのに患者さんに「ホスピタリテイ」を受けたことになりました。実は患者さんは危篤に近く、その二日後に亡くなったのです。
患者さんの四十九日を終えた後、奥さんとご家族がお礼に来られ感謝の気持ちを言われたあと「自分の時はどうなのかなぁと奥さんが話した時、娘さんが「自分がみる」と言われました。ゆっくりゆっくり決めるのが『人生会議』です。最期を委ねすぎると後悔の思いに囚われます。これと対象的に、政府が性急な形で「人生会議」を推奨するのは「違和感がある」と先生は話されました。

最近の「家族葬」から考えること
最近は「家族葬」が増え、先生の近所でも亡くなったことを知らされない事が増えています。近所に迷惑をかけたくないし、「香典」や「香典返し」が負担でこの傾向が多いようです。
在宅の患者さんのお宅に訪問診療に呼ばれたときのお話しに関わって、先生の子ども時代には葬式は家で出したこと、近所の人たちが集まって葬儀のあとにはワイワイと「お祭り」のようにお酒を飲んだりして賑やかだったことを思い出したそうです。おそらく大切な人をなくしたあとの悲しみ(グリーフケア)もコミュニティで抱えたような気もします、と。

ご自身のお見送りから
先生のお宅は神道とのこと。神道では『みんなで食べること』を最も重視しており、家族葬のことには違和感が拭えないそうです。
先生のお母様は97歳で亡くなられました。施設でお世話になっていましたが、亡くなるまでのあいだに点滴は中止にして、最後に何か食べることができないか工夫され、トロミを付けた水は拒否されたものの、こよりに浸した日本酒は美味しそうにごくりと味わったそうです。これがお母様の最期に味わったものになりました。
先生と弟さんご夫婦が当番で亡くなるまで施設で夜を共に過ごされました。
看取りのプロではあるが、娘として、母の最期に寄り添うことができことを感慨深くお話しされ講演を終えられました。


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