エッセイ

私の好きなもの

ホスピス財団2020年3月発行「今月のお便り」vol.64より。


私の好きなもの、「マイ フェイブリット シング」という歌があります。
サウンド オブ ミュージック (1965年)という映画の中で、家政婦として現れたジュリー アンドリュースが歌います。
戦争に巻き込まれるトラップ一家、底なしの恐怖と不安の中にいる子供たちに問いかけるのです。
「思い出してごらんなさい、あなたの好きなものは何?」と。
出てくる、出てくる。
鼻先とまつげに乗った雪。薔薇の花びらに落ちた雨つぶ。(ああ、素敵)
ふわふわの子猫のヒゲ。玄関の呼び鈴。紐で結ばれた茶色の小包み。
焼きリンゴの香り。
月明かりを浴びて空を飛んで行く雁。それを思い出せば、幸せな気持ちになれば、ワクワクできれば、大丈夫。どんなことも乗り越えていける。

あなたの好きなものは何ですか?
私も思い出してみます。
お母さんの作る味噌汁の香り、お友達と一緒に作った蓮華の花輪、
だるまストーブの暖かさ。文庫本を開くときのドキドキ感。初めて赤ちゃんを抱いたときのどっしりと重い手応え。

縁ある方々が平和な最期になるように、私は仲間とともに在宅ホスピスケアを30年近く実践してきました。
困難な状況の方も、いらっしゃいますが、皆さん、お亡くなりになってからだんだん良いお顔になります。微笑のようなお顔。
私には、好きなものを思い出してその幸せ感とともに旅立ったように感じてなりません 。

さて、私の現在のお気に入りは、毎朝の雀の餌やりとクリスマスローズのお世話です。クリスマスローズは寒さの中、太い根を地中に深く伸ばし、うつむいて咲く上品で健気な姿が大好きなんです。
時々、その花を指で持ち上げて、「愛いやつよのお」などとつぶやいています。
野生の雀は、なれるということはありませんが、電線に止まって静かにじっと私を待っていてくれて可愛いです。
ここでも声をかけます。「お待たせしましたねえ」

皆さんの好きなものもたくさん増えますように。それは困難を乗り越える大きな支えになります。

ふじ内科クリニック
内藤いづみ