往復書簡

往復書簡(米沢慧様)Vol.6 往

1年の12分の1がもう終わってしまいました。
今年はことさら寒さを厳しく感じます。甲府は雪がほとんどないので、その点ではすごしやすい方だとは思っていますが。
 暮れから約1ヶ月、3人の方のいのちの最期とかかわりました。それぞれの方は45才。83才。75才。
三人の方からたくさんのことを教えていただき、いろいろなことを考えさせられました。
忙しい中いくつか、頭の中で整理するきっかけになったのは、知人からの賀状にそえられた短い文でした。2人の緩和医療の専門家が同じことを言っていました。


「最近の緩和ケアのあり方に疑問や違和感がある」と。
2人ともまじめな人物で15年近く日本のホスピスケアの黎明期から勉強熱心に取り組んでおり、イギリスでのホスピス研修も受けています。地域のリーダー的存在でもあり、気力と体力と勇気を持って進んできた人達のなのです。「違和感」それは実は最近私も感じることです。
患者の権利として「がん対策基本法」にも盛り込まれまた緩和ケアの普及は全国で少しずつ進展しています。しかし、私の違和感は増しています。今回はその点について少し考えてみたいと思います。米沢さんの批評家としてのご意見も、ぜひお聞きしたいです。
 私が在宅ホスピスケアを実践して20年近く。最近、私がやっと学んだこと。それは、どの末期がん患者さんも、決して最期までいのちをあきらめない、ということ。どうにかして生き続けたい、と思っているようだということ。キュブラー・ロスの言う受容は簡単に「納得して死を受け入れる」ということではないようです。「治らない病気になった」ということを受け入れられたとしても、「死ぬ」ことを納得して乗り越えるということにはつながりません。「あしたも生きたい」という希望を持てるように私たちは創られているように感じるときが多いです(ただし、がんの痛みに苦しむ場合は別です)。
 先日、東京大学の中川医師が興味深いアンケート調査の結果を発表していました。緩和ケアの段階になった進行がんの患者の8割以上が
「治る積極的な治療を望んでいる」
、ということがわかりました。がんと戦いたいのです。その患者に対して医師の8割が
「積極的治療より緩和的治療で安楽に過ごしたほうがベター」
と思っているという結果でした。
両者の間に大きなギャップが存在しているのです。医師は多くの症例から何が一番患者にとって楽な最期の道のりかわかっているつもりでいる。しかし患者は
「治って、生き続けたい、あきらめたくない」
と強く願っているのです。
私は最近、心身の苦痛の緩和につとめながらもこういう患者と、時には家族の声を聴き続けることがホスピスケアの大きな仕事の一つだと思うようになっています。
「先生、こんなに楽にしてくれてありがとう。(でも死にたくないよ。生きたいよ。生かしてよ。この家族とずっと一緒にいたいよ。)」
こんな声が聞こえるのです。
いのちの最期に近くなれば、キュブラー・ロスの言う、さなぎから蝶に羽化する痛み-
魂が体から旅立つ時のこんな痛みを訴えます。
「先生、体がだるい。身のおきどころがありません。(先生、どうしてよくならないの?何か方法はないの?まだ死にたくないよ)」
ある83才の患者さんは最期に近づき
「なぜ元気にならないのだろう?」
と家族に訴えていました。担当の緩和ケア医はうとうと眠くさせること(セデーション)と痛み止めを増やす方法をすすめました。
「この段階ではそれが本人にとって一番いいのです」
と自信をこめて。なるほど緩和医療にはそういう考え方もあります。
寝ていれば訴えることもなく看護する人も心は平和です。しかし83歳の患者の御家族の一人は逝く人の言葉を最後まで聴きたいと心の中で願ったそうです。
「元気になりたい」という言葉とともに抱きしめて
「そうだねえ、元気になりたいよね・・・」と言ってあげたかったのだと思います。
「こうする方が楽に違いないのだ」という緩和ケアの医師のパワーを私も感じてしまうのです。本人の真の力を信じて聴き続けるということはもちろんとても大変です。忍耐がいります。
 しかし自分の思いを吐きだして吐きだしてこちらはひたすら聴き続ける(傾聴)あとにこそ、ロスの言う、絶望からはいあがり受容に至る道が開けるのかもしれないと思ったりします。
青森の岩木山麓に「森のイスキア」を作り、心傷ついた人達を受け入れ、心こめて作った料理でもてなして下さる佐藤初女さんという人がいます。交流を持たせていただいています。苦しむ人の話をひたすら聴き続けるそうです。
「どんな時でも相手の言うことに口出しをせず、信頼を持ってすべてをそのまま受け止めるようにしています。人が自分の気持ちを語り出したら、ただ聴いてあげればいいのです。」
心の中の想いを全て吐き出したあと、その人はやっとおなかのすいていることに気づき、初女さんの作って下さった食事を口にし「おいしい」と感じ元気になるのだというのです。
初女さんがこうも言っています。
『苦しいと思うほど、とことん苦しみます。もうこれ以上できない、もう限界、というところのどん底にまで落ちるのです。落ちるところまで落ちてしまうと、這い上がらなければ生きられないので、這い上がる努力をします。それが上に活きるという意味で「上活(じょうかつ)」というのだそうです。そこまで行かないと苦しみから抜けきれないのですね。中途半端に妥協したりすると一見解決したように見えますが、実は本当の解決にならないで、残っています。残っているとすっきりしません。
死に際している人は、非常に孤独です。そして、自分の気持ちを言い表したいと感じているのはこの時ほど切実なことはありません。一人ひとりと大切に関わっているうちに、話したいとの瞬間を捉え、引き出してあげられることがあります。すると不思議なことに、一週間も話す気力もなくなった状態の人がどこから出てくるのかと思うような力を出して、今まで過ごしてきた一生を語り続けたり、気にかかることを言い残したりします。話し終えると、安堵して永遠の眠りに入るのです。』(いまを生きる言葉「森のイスキア」より講談社α文庫)
不思議とキュブラー・ロスの視点と重なると思いませんか?
先日、鈴木秀子シスターに講演をお願いした時も、こんな話をして下さいました。
恩師が急病になり、お見舞いにかけつけたところ、何晩もかけて自分の一生の話をしたそうです。若くして死んだ戦友の前に、自分だけ生き残った重荷を負い続けたということを。「幸せに生きるということが供養では?」とシスターに言われて、許された気がしたと喜んだ。「話したら許された気がする」と。そしてそのあと、恩師は幸せな思いで2ヶ月を生き抜いたそうです。
初女さんや鈴木シスターのように聴いてくれる人たちに出会えた人は本当に幸せですね。生き抜く悲しみ、悔しさ、そして怒り、絶望に寄り添い続けること。相手をだまらせるのではなく、徹底的に付き合うこと。これは気力と体力のいる仕事ではあります。最近の緩和医療の動きを見ていると、痛み、苦痛の表現を薬物を使ってゼロにすることが緩和ケアのゴールなのかと思いたくなる時があります。看る人が想像する「楽な静かな状態」と本人の気持ちには大きな差があるようにも思えます。
私たちは医療のプロですが、相手のことをどれだけ理解できたかは自信がありません。一生の修行です。米沢さんが前回教えて下さった高齢の友人の生き方は見事ですね。それを見守った米沢夫妻もまた素敵だと思いました。
イギリスの病院で見つかった詩を紹介します。この詩を見つけたナースはどんなに驚いたことでしょうか?私たちは時として本当に相手にしっかりと近づいていないのです。
<イギリス・ヨークシャー・アシュルティ病院>
アシュルティ病院の老人病棟で一人の老婦人が亡くなりました。
彼女の持ち物を調べていた看護師が、彼女の遺品の中から彼女が書いたと思われる詩を見つけました。彼女は重い認知症でした。
何が見えるの、看護婦さん、あなたには何が見えるの
あなたが私を見るとき、こう思っているのでしょう
気むずかしいおばあさん、利口じゃないし、日常生活もおぼつかなく
目もうつろにさまよわせて食べ物をぼろぼろこぼし、返事もしない
あなたが大声で「お願いだからやってみて」と言っても
あなたのしていることに気付かないようで
いつもいつも靴下や靴をなくしてばかりいる
おもしろいのかおもしろくないのかあなたの言いなりになっている
長い一日を埋めるためにお風呂を使ったり食事をしたり
これがあなたが考えていること、あなたが見ていることではありませんか
でも目を開けてごらんなさい、看護婦さん、あなたは私を見えていないのですよ
私が誰なのか教えてあげましょう、ここにじっと座っているこの私が
あなたの命ずるままに起き上がるこの私が
あなたの意思で食べているこの私が誰なのか
私は十歳の子供でした。父がいて、母がいて兄弟、姉妹がいて、
みなお互いに愛し合っていました
十六歳の少女は足に羽をつけて
もうすぐ恋人に会えることを夢見ていました
二十歳でもう花嫁。私の心は躍っていました
守ると約束した誓いを胸に刻んで
二十五歳で私は子供を産みました
その子は私に安全で幸福な家庭を求めたの
三十歳、子供はみるみる大きくなる
永遠に続くはずのきずなで母子は互いに結ばれて
四十歳、息子たちは成長し、行ってしまった
でも夫はそばにいて、私が悲しまないように見守ってくれました
五十歳、もう一度赤ん坊が膝の上で遊びました
私の愛する夫と私は再び子供に会ったのです
暗い日々が訪れました。夫が死んだのです
夫のことを考え――――不安で震えました
息子たちはみな自分の子供を育てている最中でしたから
それで私は、過ごしてきた歳月と愛のことを考えました
今私はおばあさんになりました。自然の女神は残酷です
老人をまるでばかのように見せるのは、自然の女神の悪い冗談
体はぼろぼろ、優美さも気力も失せ
かつて心があったところには今では石ころがあるだけ
でもこの古ぼけた肉体の残骸にはまだ少女が住んでいて
何度も何度も私の使い古しの心をふくらます
私は喜びを思い出し、苦しみを思い出す
そして人生をもう一度愛して生き直す
年月はあまりに短すぎ、あまりに早く過ぎてしまったと私は思うの
そして何者も永遠ではないという厳しい現実を受け入れるのです
だから目を開けてよ、看護婦さん――――目を開けてください
気むずかしいおばあさんではなくて、「私」をもっとよく見て!
寒さが続きます。
お体に気をつけてお過ごしください。


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