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出会いは突然やってくる

(2008年11月26日産経新聞「最期の時を家族と」より)
 患者さんとの出会いは突然やってくる。夜中に重症患者さんを見送った翌日、暇な外来でぼんやりしていると、「新患さんの相談です」と受付から声がかかり、はっと目が覚めた。

 訪問者に、私がまず聞かなければならないのは、患者さんとの間柄だ。経験則では、「嫁です」と言われたら要注意。相談を受け、「一刻も早く」と意気込んで往診したら、本人も他の家族も在宅ケアに不本意で、冷たい目で迎えられたことも少なくない。1人の熱意でなく、家族皆が本音で了解していることが出発点だ。さて、その日の相談者は娘さんだった。

 「母が重症の末期がんです」

という。女性のお母さんは2年前、肺がんが見つかり、抗がん剤治療を受けたが、今年、脳に転移した。放射線照射「ガンマナイフ」で小康状態だが、予断を許さないという。娘さんは「私も子育て中で、入院中の母を十分看護できず、悩んでいました。母は所用で家に1日戻ってきて『もう、病院へは戻りたくない』と言っています。先生、ぜひ在宅ケアの主治医を引き受けてください」と訴えた。

 患者さんは森田道子さん(75)=仮名。夫(76)、娘さん夫婦と5歳と3歳の孫娘との6人暮らし。皆が本人の望みを支えたい、と思っているのを確認して往診した。森田さんはにこにこと私を迎えてくれた。

 「先生、受けてくださってありがとう。病院ではよくしてもらったけれど、いつも寂しかった。娘が来てくれる時間をじっと待つだけでした」。病院では、生きていくのがしんどい思いだったという。しかし、帰宅したら一変した。「帰った日、孫娘たちが園バスから走り降りてきたんです。2人の体を受け止めたら、生きたい!という思いがわき上がってきました。家でこの子たちの顔を毎日見ていたい」
 森田さんの病状は重かったが、子供たちのにぎやかな声に包まれて、安定した1ヵ月を送った。病状は徐々に進行し、最期の時が近づいてきた。

 「今夜は落ち着かなくなるかもしれません。本人の言う通りにしてあげられますか?」
 私の問いに、ご主人はうなずき、森田さんが昏睡状態になるまで、一晩中、しっかりと寄り添った。スヤスヤと眠る安らかな妻の顔を見つめながらつぶやいた。

「今、私たちは本物の夫婦になった気がします」

(内藤いづみ 在宅ホスピス医)