往復書簡

往復書簡 がんの痛みを和らげる(いづみ先生へ)第2回(復)

お返事拝見致しました。私が内藤いづみ先生とお知り合いになれたのは、日本にがんの痛み治療をもたらした元埼玉県がんセンター総長の武田文和先生※の温かい配慮があってのことです。武田先生も内藤先生もいつも私を応援してくれ、感謝の気持ちでいっぱいです。
内藤先生から私と波長が合う・・・とのお言葉をいただき、内藤先生に憧れておりました私としてはとても嬉しいことです。


●がんの痛み●
内藤先生は、既に長い間がんの痛み治療に取り組まれてこられて、たくさんの難関や困難があったのだと思います。今はがんの痛み治療は徐々に広まっていますが、もうがんの痛みはなくなったのか、というと残念ながらそうではないといわざるを得ません。私などは最近足を踏み入れたばかりですが、未だに患者さんの苦痛の訴えを聞いています。
がんの痛みの原因
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『がんの痛みからの解放―WHO方式がん疼痛治療法― 世界保健機構 編、武田 文和 訳 金原出版』より
今年平成20年3月にこんな相談いただきました。
「父ががんの痛みで転げまわるほど苦しんでいますが、軽い痛み止めしか処方されていません。痛みをとってほしいと先生に訴えたら『もうこれ以上痛みに対しての治療はない』と言われました。」と。
また同じく今年5月にも別の方から「父はがんの痛みがあって、痛みでうなり、体は震え、もう見ていられません。麻薬を使ってでも治療してほしいと担当の先生に訴えても『痛みの原因がわからないので麻薬は使えない。麻薬を使うと命が縮まる。』との回答でした。」とのこと。お話を聞きながら椅子から転び落ちるくらい驚きました。
平成20年の今起こっていることなのかと耳を疑いたくなりました。一つの病院はがん診療連携拠点病院で、もう一つは全国的にも有名な大学病院でした。周りにいる医療者の誰一人としてその状況を打破する人はいないのか、と悲しい思いに苛まれます。
こういった相談が舞い込んでくる度、WHO方式がん疼痛治療法※の普及が大切である、がんの痛みがある時点で痛み治療は開始する、医療用麻薬に対する誤解と偏見をなくすなど、医療者を含めて一人でも多くの人に知ってもらわなければならないと思いを新たにします。武田先生も内藤先生も講演、本、テレビ、新聞、雑誌で伝えいらっしゃいます。私ができることはホームページや講演でお話する範囲でそれほど幅広くはありませんでした。
※WHO方式がん疼痛治療法
鎮痛薬の使用法
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『がんの痛みからの解放―WHO方式がん疼痛治療法― 世界保健機構 編、武田 文和 訳 金原出版』より
徐痛ラダー
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●「がんの痛みよ、さようなら!」●
そんな中、武田先生が「がんの痛みよ、さようなら!」という本を作る際にご一緒することができると聞いた時、はじめて本という媒体で思いを告げることができると思いました。その時の嬉しさとドキドキは忘れません。本はいつでも見返すことができ、著者がいなくても代わりに語ってくれます。誰が読んでもわかりやすいよう簡潔な文章になるように努め、読んだ人が勇気を得て、がんの痛みに向うことが増えるような本にしたいと取り組みました。本の前半はがんの痛みとその治療について解説、後半は実際に受けた患者さんの質問をもとにQ&A集を作りました。私は本の執筆者の中で唯一の薬剤師ですから責任重大と思い自分の経験以外に友人の薬剤師らからもインタビューをし、患者さんの質問を集めました。薬剤師への質問は例えばこんなものがありました。
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医療用麻薬は血中濃度を保つために投与する時間が決められていますが、寝ている時間も目覚ましをかけて起きて服用するのですかといった質問がありました。
これまでとても痛かったために、痛い時に服用するレスキュードーズが頻繁に必要なのではとお考えになり、1日何回まで大丈夫ですか、どんどん飲んで大丈夫でしょうか、といった質問があります。定時に飲む薬があれば痛みは消失あるいは軽減されることをお伝えし、レスキューは1時間くらいあけて痛みがとれなければもう一回分服用して下さいと伝えます。
日常よく処方される痛み止めの薬は胃が荒れますので、それと同じように胃が荒れるのではと疑問に思う人もいます。
医療用麻薬を飲み始めたら痛みがなくなったので、もう飲むのをやめたいと仰る方がいましたが、医療用麻薬を投与しているから痛みが感じなくなったのであって、痛みがなくなったのではありませんから続けて治療が必要ですとお伝えします。
これらの質問には本の中できちんと回答しています。
薬局には、診察中先生に聞きにくくて、と質問を抱いたままの方、医師から説明を受けずに不安を抱えた方が来られます。そして薬剤師に質問する内容はとても素朴であり、多くは不安と誤解と偏見が根底にあります。WHO方式がん疼痛治療法を基本に説明し、医療用麻薬に対する誤解と偏見をなくすようお話すればすぐに理解していただけます。患者さんは痛みを取り去りたいので、すんなり受け入れてもらえます。
一方、先にご紹介した相談にあったように、医療者側の理解不足、誤解や偏見が見受けられますので、是非この本を読んでほしいと思います。
●もしもしがん手帳●
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私が日ごろ患者さんとご家族などから寄せられるさまざまな悩みや質問で、どの治療を選択すべきなのか、あるいはもう治療せずに余生を過ごした方がよいのか、といったがん治療の選択に関する相談、医療者への不信感、家族との食い違いによる悩みといった人間関係に関する相談が数多く寄せられます。そしてその回答に対する考え方は同じで毎度同じような回答しているなと感じていました。ならばそのような問題が起こらないようなシナリオをある程度お示しすることで回避できるのではないかと考え考案したのが「もしもしがん手帳」です。情報編と治療編に分けました。
情報編は「セカンドオピニオンはどこへいけばいいのですか?」「在宅医療って誰が何するのですか?」「どこの病院のどの先生がいいのですか?」「緩和ケア病棟ってどこにあるのですか?」といった質問を解決するために、ご自身が調べた情報、人から聞いた情報、新聞などに載っていた情報を一箇所に書き留めるページを作りました。他に命が限られているとすればどう過ごしたいかを書き込むページも設けました。この情報編はずっと持ち続けて必要なときに見返し、新たな情報を書きこんでいきます。常に新しい情報が盛り込まれた手帳になります。
080623_06.JPGもう一方の治療編ですが、こちらは実際にがんと診断された時から使うものです。相談の中で医師から受けた説明を部分的に理解しているため不信感をつのらせるケースがあるので、それを回避するために説明をまとめて書き留めるページを作りました。時間が経つと忘れてしまいますし誤解している場合がありますので、確認することに役立ちます。可能性のある治療法については全て聞いてほしいため記入欄を設けました。手術と抗がん剤の説明だけ聞いたとしても「放射線治療の可能性は?」と聞いてほしいからです。
そして選んだ理由とその時の自分と家族の気持ちなどを記録しておくページを作りました。どういう治療を選ぶかは1人で決めずに必ず家族や親しい人達の意見を聞きながら決めてほしいからです。なぜそう思うかと申しますと、将来がんが治癒した場合は問題ないのですが、残念ながらそうでない場合過去を振り返って「あの時はこうすればよかったのに」と言う人がでてきます。テレビや新聞で関連する話題が出てくるたび「本当にあの決断でよかったのか」と後悔する場合もあります。選択時の記録を後から見直して、または記録を見せて「この時の状況、あの時代ではこの選択でよかったんだ!」と確信を持ってほしいと思っています。過去の時点で最善の選択をしたと思わないと先へ進めません。振り返りのページになればと願って作りました。
080623_07.JPGまた、多くの方にとって初めてがんが見つかった時は晴天の霹靂で、ぼーっとした状態の中で病状と治療法の説明を受け、治療をするならと治療の日にちを伝えられます。がんや治療について知識をつける間もなく説明されると、自分で調べてから判断しようという余裕がなくなります。薦める方法をとりあえずやってみよう、となることが多いのです。「セカンドオピニンをとってみませんか?」と言っても「いやもういい。初期のがんだし。」といわれます。でも最初の治療ほど考えてほしいと思っています。副作用が少ない方法はないか、後々の生活を考慮し機能が温存できる方法はないのか、先行した抗がん剤の種類により後で使う抗がん剤に制限がないか考えてほしいです。後悔先に立たずといいますが、がんの治療にはその時期や回数が限られていますので、情報を集めてセカンドオピニオンの意見を聞いて判断してほしいと思っています。
治療に入った後は記録を残すための日記ページ、そして定期的に検診を受けるときの日記ページを作りました。診断がついてから、治療を決める前、治療中、そして治療後の検診までの範囲を1冊に記録します。再発や転移が見つかった場合は、もう一冊新たに追加します。
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作成する際にイメージしたのは、母子健康手帳でした。参考にしようと区役所にもらいに行きました。対応してくれた方は私が妊娠したのかと間違われましたが(笑)。がんと診断される前から情報編に情報を記録し、がんになったら治療編に記録していく。病院を変わっても、在宅へ移行してもずっと持ち続ける自分で書いたカルテのようなものです。決断に、気持ちの整理に、記録に役に立てればと願っています。
●がんの痛みをとることから●
内藤先生のお薦めを受け井上ウィマラさんとの往復書簡をすべて拝見しました。スピリチュアルケアとはあるときはこうだ!と思っても別のときには変わっていたりして、自分自身でも整理がつかなかったのですが、なんとなくわかりました。それでもなんとなくですが。
井上ウィマラさんの往復書簡とは話がそれますが、がんの緩和ケアの現場でもスピリチュアルケアという言葉をよく耳にします。がんの緩和ケアの中でスピリチュアルケアをする前に、がんの痛みをとり、身体的な不調を緩和し、生活に不安を残さない状態を整えるという大前提があります。痛みや不安のない中ではじめてスピリチュアルケアが活きてくると思います。
まずはがんの痛みがなくなるように。そのきっかけが作れたらと思います。


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