いのちの響き(2006年9月)

このほど北杜市内で、日本ホスピス在宅ケア研究会山梨支部が主催する講演会が開かれ、甲府市ふじ内科クリニック院長の内藤いづみさんが「いのちの響き」と題して講演した。


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15年前はただ死を待つのみ
イギリスでのホスピス研修を終え帰国した15年前は、日本ではまだその認識が浅く、「ホスピスとは何か」とよく尋ねられた。だが、今は医療にとって、とても大事な言葉、分野となった。「ホスピス」とは、人生の最終期を迎える人にとって「生命を生き切る意欲を取り戻す」・ことであり、周囲の人々にとっては「命を支える力」を指す。
「ホスピス」はもともと「ホスピタリティ」という、客を心からもてなすという言葉に由来しているが余命少ない患者の最後の時間を暖かく見守ることがホスピスケアでは重要である。
15年前、日本には末期がん患者が〝助けてもらえる場所″はほとんど無かった。点滴を打ち、ただただ病院で最後を迎えることが一般的だった。往診する専門医がいないために在宅看護など考えられなかった。しかし、今、国はがんの痛みの緩和を本格化させるため、在宅ケアの拠点作りを整えようと動き出しており、わが国に少しずつ「ホスピス」が根付いていることをうれしく思っている。
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がんにはさまざまな痛みがある。患者が一番初めに感じるものは「体の痛み」である。この痛みを医療側がケアして緩和させると、次には希望が持てなくなるという「心の痛み」がやってくる。同時に、家族の一員として、社会の一員として、その「役割に対する痛み」を感じるようになる。
 そして、最終的にスピリチェアルペイン、つまり「魂の痛み」が全面に表れる。なぜこの世に生まれ、重い病を患い、愛する人と別れなければならないのか、最終的にはそこにたどり着く。
 患者の人生の
 価値見い出す
私は病を患う3歳の少年の「ママに会いたくて生まれてきた」という詩を読んだ。まさに、これこそが魂の叫びであり、なぜ生まれてきたのかという答え骨私自身、誰かに会うために生まれてきたのではないか、と思っている。
 スピリチュアルペインを乗り越えて安息な眠りを迎えるために、そして命を次へとつなげるために、人生を振り返ってその価値を見いだす、自分を許し他人を許す、あり
がとうと心を込めて感謝する、そして大切な人に「さようなら」を言う。
このことができたらとても幸せなことではないだろうか。
 人生の最終期を迎えるとき、医療の力は全く微力である。点滴よりも、医療よりも、愛する人の暖かい言葉、暖かい抱擁が、何よりも患者の力になることを忘れてはいけない。
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山梨新報 2006年9月22日掲載