エッセイ

「看護と生老病死」井上ウィマラ著の書評

101028_02.jpg『緩和ケア』誌21巻1号(三輪書店)掲載の書評です。
仏縁というべきだろうが、井上ウィマラさんと知り合って10年近くになる。私は、自分たちの身近なケアにホスピスの心を根付かそうと、在宅ホスピスケアの実践と社会的啓蒙を20年近く続けてきた。
その過程で、無理解な反発を受けて怒りの気持ちが高じたり、チームの看護師たちの対人援助の苦悩を支えきれないと感じることもあった。そんな時、井上さんに助けてもらい自分たちの役割を客観的に見つめ直し、広い視野を取り戻すことができた。


ケアする人のケアの小さなセミナーをふたりで主催したこともある。まさにこの本にある、ケアの現場で苦しむ人々の回復のための実践編を幸運にも学んだことになる。
日本社会にお寺も仏式の葬式もたくさんある。しかし、私たちにとって仏教は遠い存在で、なかみはよく分からない。井上さんはブッダの伝えた教えの根幹を学ぶべく、出家し、ビルマで瞑想や呼吸法を始めとして厳しい修行を積んだと聞いている。
そして、2500年前のブッダの教えを現代の私たちに手渡すために、世界のいのちの現場を回り行動を始めた。
生身の体を持ち、各々の環境の中で、人との関係に苦しみ生老病死の苦悩に向き合えず、安らかで平和な思いで暮らせない現代人の私たち。
その苦しみから解放され、助け合える具体的な方法を伝える、という前人未踏というと大げさだが、勇気ある深遠な仕事に取り組んできた。
この著は仏教の教義の話ではなく、教えを看護現場に生かすためのこれまでの彼の仕事の集大成でもある。この本を読むと、井上さんは地に足を付け、自分の暮らしからの言葉の力を広げていることが分かる。井上さんの学びの師のおひとりの河合隼雄さんの「絶対に生きた言葉を使わなくてはいけない」という言葉通りに。
この本は分かりやすく書かれてはいるが、仏教用語などに苦手感のある看護職の方は、ぜひ第2部から読んで頂きたい。
人を助ける看護現場での自分の悩みの理由が垣間見えるかもしれない。もちろん専門職でないどなたでも、この本の底に流れるブッダのメッセージを通して、他者との平和な関わり方を学ぶヒントをたくさん受けとることができるだろう。そして、生きとし生きるものに対する平等な慈しみの視線を感じるだろう。
行きつ戻りつ、この本をこの秋私は何度も熟読したい。
2010.10.18
ふじ内科クリニック院長 内藤いづみ
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