ホスピス記事

自分の心に正直になる

PHP2017年9月増刊号より(2015年2月号掲載分の再掲載)
 私は在宅での「いのちの看取り」、在宅ホスピスケアを二十年近く続けている医者です。
 かつてイギリスで学んだときに、死にゆく人と家族の味わう苦しみと、それを助けるために差し伸べる手の温かさは、世界共通だと知りました。


「僕の人生、合格点だったかなあ」
 いのちを囲むひとつのお話をご紹介したいと思います。
 事業で成功を収めた、ある六十五歳の男性は、がんを二年前に発症され、治療を続けてきました。しかし、積極的治療がもうできないと宣告されました。
それからは、お金に糸目をつけず、代替医療を何でも試しました。残念ながら、どれも効果がなく、とうとう体力も落ちて、車いす生活になってしまいました。
 私の往診が始まりました。豪華な家から眺める絶景も、奥さんの心のこもった料理も、子どもたちの優しい声かけも、ナースの助けも、この男性の救いにはならず、無反応になり、人生を睨う言葉さえ吐くようになりました。
 夏でした。甲府では時に四十度近くの猛暑になります。私や看護師は噴き出る汗をぬぐいながら往診しました。
 クーラーのきいた病室に入ると、その男性は突然、「先生、僕はもう死にそうだよ」と真顔で、大声で私に言いました。
 それは何か私への試験のようでした。その男性は本当に余命短く、死にそうなのです。
 そこに居た家族も看護師も、全員凍りつきました。私はすぐに答えました。
 「そうですか? 私たちもですよ。この暑さで死にそうです」
 その男性は「確かにそうだ」と言うと、ワハハと大声で笑いました。久しぶりの笑いでした。
 その目から、心の内を少しずつ話してくれるようになったのです。
 自分がどんなに一生懸命働いて成功したのか、どんなに家族や従業員を愛しているのか、どんなにもっと生きて働きたいのか。
 「少し前まで、世の中は灰色だった。でも、昨日の夕焼けが美しかった。富士山も、星空もきれいだった。僕は死んでしまうのに、世の中はこんなに美しいんだ。心が少し戻ってきて、これまでのことを振り返ることもできましたよ。僕の人生、合格点だったかなあ」
 そして、好きな音楽を聴くようになりました。ある日、妻に、危篤になったら耳元で「さだまさし」をずっとかけてくれと頼んだそうです。
 実際に危篤になった時、妻は約束通り歌声を聴かせ続けました。唇に笑みが浮かび、口ずさんだように思えた最期のひと時でした。

幸せと思えたことを思い出す
 このように余命の迫った人生最大の困難なときに、自分の心にどう折り合いをつけていけばいいのでしょうか?。
 一九七〇年代に著書『死ぬ瞬間』で死にゆく人の心のプロセスを世界で初めて発表したエリザベスーキューブラー・ロス医師は、こう言っています。
 「まず、感情を隠さない。思い切り泣く。叫ぶ。絶望の底まで落ちる。大丈夫などと見せかけの強がりはしない。
 これ以上落ち込めないと自覚した時、心は静かに浮かび上かつていき、自分を支えていたものは何かを思い出せるようになる。
 家族の愛、友情、尊敬する師匠、信念、信仰、風景、歌声、何でもよい。それらが自分の心に感動のエネルギーを蘇らせることに気づく。ユーモアの力も大きな味方になる」
 私の患者さんの多くが、これらにより力を得たことをみてきました。
 ホスピスケアにあるような状況はあまりに切迫していて、極端に思えるかもしれません。
 しかし、日常生活を送る私たちも、何かを失ったり、自信を傷つけられたりした時に落ち込み、閉塞した状況に陥ることはままあると思います。
 まず、自分の心に正直になって、人生で最初に「幸せ」と思えたことを思い出してみましょう。
 私の宰せな思い出は、五歳の時です。父との帰り道、父が車を止め、棒の付いたアイスを買ってくれました。ふたりで舐め舐め帰路に着きました。
 父は厳しく大きな存在でしたから、その時の嬉しさ、安心感は特別なものでした。車窓から頬をなでるかぐわしい風の優しさ、アイスの美味しさ。
 その時を思い出すと、私の心は優しさと強さを回復するのです。

「大変」という言葉を使わない
 天災と同じく、困難はいつ起きるか予想できません。だから、時々準備や訓練をすることも必要です。私の準備法を紹介します。

①完璧主義をやめる
 合格点主義にして、合格点になったら自分を褒める。

②「大変」という言葉を使わない
 「チャレンジ」と捉える。自分で選んだことなら、前向きに楽しく、やり甲斐を持って向かい合える。
 もし、「大変」という思いから逃れられなかったとしたら「助けて」と親しい人に手を伸ばしてみる。

③自分が主人公であると自覚する
 時には嫌いな人、ひどい人に出会い、理不尽な仕打ちを味わうことがある。
 しかし、相手の振舞いに、自分の人生と心を支配させない。相手のために、人生を棒に振る必要はない。自分の人生を守って、ニュートラルな心の位置を自覚する訓練をする。

④心のベクトルを切り替える力を磨く
 たとえば、私の往診車のナンバーは9643「クルシミ(苦しみ)」とも読めますが、「クルシサン(来る資産)」と読むと、クスッと笑えます。笑うのは心のマッサージ。物事の輝く部分を探しましょう。

⑤大いなる存在に時々思いをはせる
 と言っても大げさなことではなく、道端の野の花に心を寄せる。雲を見る。風の中に立つ。星や月を見る。自然の営みに、自分のささやかな存在を置いてみるといったこと。
 私は在宅で看取りの仕事をやり遂げると、万感の思いで死亡診断書を書きます。今世での宿題をやり遂げた方への卒業証書です。誇らしい思いとともに、困難に向かい合う姿から、私たちに多くのことを教えてくださったことに感謝の思いでいっぱいになります。